新明解国語辞典・初版の心意気

三省堂の「新明解国語辞典」は個性的な語釈で人気を集めている。赤瀬川原平氏の 「新解さんの謎」は、この辞書の項目から面白いものを抜き出しては雑感をはさんで、 軽妙なエッセイ集とでもいった仕立てになっている。
 実は、私はこんなに評判になるずっと昔、そう1972年にこの辞書の初版 が出版されたときに買った。1000円ちょうど、今で言えば5000円くらいに はなりそうだ。ちなみにその頃もらっていた奨学金は8000円で、市内バス は20円だった。
 本屋に並んだたくさんの辞書からこの本を選んだ理由は、 初版としての活きのよさが、本全体からあふれていたからである。 アクセント表記が載っていたことも、九州の田舎出身の大学生にはうれしかった。
 さて、その活きのよさ、これが今日書きたいことなのだが、 それは何といっても序文の気負いとして異彩を放っていた。 しかも、その気負った序文の裏に、 とてつもないジョークが隠されているのを発見して、 私は買った日からこの辞書を座右に置いた。 じっさいこの辞書の序文と本文に仕掛けられていたのは、 ほとんど若気の至りから噴出した悪ふざけそのものなのだ。 が、最近の巷の「新解さん」関係の本には、昔の版のことであるせいか、 その初版序文の仕掛けについては何も触れられていない。 この個性的な辞書がどのような編者の心意気から形作られたのかを知るのに、 なくてはならない大事な資料であるのに。
 そこが実に残念なので、紹介しておきたい。次に掲げるのは、昭和47年1月24日、 初版第一刷発行とある新明解国語辞典の序文である。 文中におかれたリンクを引けば、この辞書の本文に与えられたその言葉の語釈を参照できる。 辞書を引きながら読むという作業を味わってもらおうという趣向である。読んでいただければ解説はいらないはず。どうぞお楽しみのほどを。

1998.8.3
    

新たなるものを目指して


 人も知るごとく、本書の前身は「小辞林」の語釈を口語文に書き替える ことから出発した。今を去る三十二年前の事である。担当者見坊の熱心は、 表音式見出しの実施、少なからぬ新項目の増補、近代的編集方針の創始と 相俟ち、当時としては珍しく充実した小型辞書を世に送ったため、学生、 読書子の迎える所となり、今日に至った。その足跡は、戦時中では指定辞 書としての位置を占め、戦後では 凡百 の類書を 簇出 せしめ、小型現代辞書 のいわゆる 「親龜」 に擬せられたことによって容易に想像できよう。
 このたびの脱皮は、言わば、執筆陣に新たに柴田を迎えると共に、見坊 に事故あり、山田が主幹を代行したことにすべて起因する。言わば、内閣 の更迭に伴う諸政の一新であるが、真にこれを変革せしめたものは時運で あると言わねばならぬ。群書の輩出によって国語辞書の質は漸を逐うて高 まっている面は看取されるものの、なお 大所高処 に立ってこれを観る時、 依然として低迷の境に在ることは否定できない事実である。生活に密着し た若干の語の語釈に誤りが見られ、見出し語において即時代的ならざる欠 陥を有することが指摘されたのは一再にとどまらない。もちろん、かかる 指摘は他を待つまでもなく、編者自身が最も痛切に感じていた所。前身の 改訂版発刊以来十余年の歳月は、編者をして或は新語採集と見出し語の選 定に、或は語釈の根本方針の確立に 沈潜 せしめ、一日として休む日は無か った。ローマは一日にして成らざるのたとえのごとく、一日にして成るは 辞書ではない。
 思えば、辞書界の低迷は、編者の前近代的な体質と方法論の無自覚に在 るのではないか。先行書数冊を机上にひろげ、適宜に取捨選択して一書を 成すは、いわゆる パッチワーク の最たるもの、所詮 辞書の域を出ない。 その語の指す所のものを実際の用例について、よく知り、よく考え、本義 を弁えた上に、広義・狭義にわたって語釈を施す以外に 王道 は無い。辞書 は、 引き写し の結果ではなく、用例蒐集と思索の産物でなくてはならぬ。 尊厳な人間が一個の人格として扱われるごとく、須らく、一冊の辞書には 編者独特の持ち味が、なんらかの意味で滲み出なければならぬものと思う。 かような主張のもとに本書は成った。今後の国語辞書すべて、本書の創め た形式、体裁と思索の結果を盲目的に踏襲することを、断じて拒否する。 辞書発達のために、あらゆる模倣をお断りする。
 しかしながら、一面から言えば、思索の結果は主観に堕しやすい。今回 吾人の施した語釈は、それなりに沈潜の結果成ったものではあるが、シャ ープならんと欲する余り、限定が大に過ぎるという批評を甘受すべき面が 或は皆無ではないかも知れない。公器である辞書の語釈として普遍妥当的 なものに成長するためには、今後万人の実験を期待する。吾人は歓迎する ─そのような意味における読者・利用者の声を。それは辞書を育てる上に は必要欠くべからざる要素であると思う。

         昭和四十六年十月