最新 追記

【小波の京女日記】


2013年09月05日 ジャパンスケプティクス公開討論会「EMについて考える」を開催します [長年日記]

_ ジャパンスケプティクス公開討論会「EMについて考える」を開催します

【開催要領】

  • 日時 2013年10月13日(日)14:00~17:30
  • 場所 東京都豊島区目白1-5-1  学習院中・高等科 501・502教室(5階) 

プログラム

  • EMの運動の展開とその主張について

 小波秀雄(物理化学)

  • 地域と学校に広がるEMの活動

 長野 剛(ジャーナリスト)

  • EMは水を浄化できるか

 飯島明子(環境生態学)

  • パネル討論

 小波秀雄,長野剛,飯島明子,菊池誠(物理学)(他交渉中)

入場について

  • 入場は無料ですが,会場の都合により制限することがあります.参加者の確認と連絡のために,予め下の様式で参加申し込みのメールをお送りください.
    • 件名: 「EM討論会申し込み」としてください.
    • お名前
    • 職業・学校学年など(無記載でも構いません)
  • 参加申し込み/問い合わせ先(スパム防止のために変形してありますので修正して送信してください) emforum2013 あっと gmail.com

開催の趣旨

EMは当初,農業に微生物を活用する技術として提唱されたもの であるが,昨今はEM菌投入で水を浄化しようとする運動,ある いはEM菌で放射能の除染ができるなどといった主張が,影響力 を持つようになってきている.特に教育現場や自治体において は,近年勢いを強めている状況すら見られる.

しかし,これらは科学的な検証がなされているとは言いがたいものが大半であり,それらの主張の内容や実践されている事業を見る限りでは,科学者として疑いを抱かざるをえない部分が少なくない.

ジャパンスケプティクスは,そのような状況に鑑みて,EMに関わる言説や各地での実践について,事実を明らかにし,科学的な観点から批判・検討を加えるための討論会を企画することとした.

ジャーナリスト,微生物学,物理,化学の専門家を講演者,パ ネラーとして,さまざまの角度からこの問題に関する検証を試みるものである.


2013年09月11日 1971年9月11日,チリ・クーデター [長年日記]

_ 1971年9月11日,チリ・クーデター

40年前の今日始まったこと,そして日本の報道

1973年9月11日,多分日本時間では12日になっていただろうが,チリのアジェンデ政権がクーデターによって転覆させられたニュースに,ぼくは布団から跳ね起きた.そのまま立ち尽くして,アメリカ帝国主義ということばを何度も口につぶやき続けた.まだ大学生のときだ。

日本でのほとんどの報道は,NHKも含めて,チリの過激な左翼政権が国民の不満を背景にした軍部によって倒されたという論調だった.が,選挙によって民主的に樹立された政権は,それが国民を武力で抑圧する事態にでもなっていない限り,クーデターや武力で倒されることなどあってはならない.その一点で,これはまぎれもなく人類の歴史を裏切る事件であることが,明らかだった.背景もどんな理屈も,民主主義の大原則の前には何の理由にもならない.

チリの惨劇とアメリカ帝国主義

それから何年もの間,チリではすさまじい拷問,虐殺が行われ,サッカー場が監獄となり,抵抗の歌を歌ったビクトル・ハラはギターを持てないように両手の手首を銃で撃たれたという話も伝わってきた.これは後に作られた伝説であるとされ,事実は歌っているところを兵士に連行されてただちに銃殺されたらしいが,もちろん残酷さに何のちがいもない.

そして,チリ人の財産である農場や鉱山が再びアメリカと国際資本の手に「回収」されていったプロセスを,ぼくらは徐々に知ることになった.クーデターを糸引きしたのがアメリカのCIAであり,ニクソン大統領とキッシンジャー博士であったことも.

日本での報道はまた,アジェンデ政権の国有化路線によって猛烈なインフレが起きて国民が困窮していたのが原因とも言っていた.が,それも豊富な銅資源の横取りを阻止された国際資本が起こした経済クーデターが先行したことが,後に明らかになった.インフレも仕組まれていたのだ.そして凄まじい軍政が続き,何万人もの人が投獄され,殺された.国外に逃れてチリで起きた地獄を伝えてあるく人々にも,当時のぼくらは直接に会うことができた.

そうそう,戒厳令下のチリに潜入したメキシコの作家ガルシア・マルケスの手記も岩波新書で読んだし,コスタ・ガブラスの映画「サンチャゴに雨が降る」もあった.フォルクローレが日本で大流行したきっかけの一つが,亡命してチリのフォルクロールを歌い歩いたグループ,キラパジュンやインティ・イリマニなどの活動だったということには,ずいぶんと複雑な思いに駆られてしまうのだが.

あの惨劇によって開かれた世界

そうしてこの40年を通して判明したことは,あの事件はまさにミルトン・フリードマンが主導する新自由主義の幕を開けた,今日の世界への扉だったことだ.つまり,あれは世界を根本的に国際資本のために改造するための,世界史の転換点であったということになる.

その世界史的な意味付けは,最近読んだ中山智香子さんの『経済ジェノサイド――フリードマンと世界経済の半世紀』(平凡社新書)で知ることになった.この本によって,40年前の自分が現在へとつながったというわけだ. この本は,20世紀後半の世界史を知る上で必読ともいっていいと思う.

アジェンデ最後の演説

さて,この40年を思い起こしながら,今残されているアジェンデ大統領の最後のラジオ放送の声を聞くことにしよう. アジェンデ最後の演説(日本語字幕付)

 わが祖国の労働者たちよ  私はチリと,その運命を信じています  私に続く人々が,  裏切りの支配するこの灰色で苦い時代を  乗り越えていくでしょう  おそかれ早かれ,  よりよい時代を築くために  人々が自由に歩くポプラ並木が  また開かれるでしょう

  66歳,壮絶な死を前にして,こんなにも力あふれる詩のようなことばを国民に語る大統領がいた.そして軍隊の総攻撃の中で彼は死んだ.

チリはふたたび立ち上がった

もちろん,話はここで終わっていけない.終わらなかった.チリは苦難の時を経てふたたび民主主義を取り戻し,ピノチェトは断罪された.チリの人々は今日も,ポプラ並木の下を家族や友人と語らいながら歩くことだろう.

ぼくらの世界も,そろそろ変わらなければいけない.


2013年09月15日 「特定秘密の保護に関する法律案の概要」へのパブリックコメント [長年日記]

_ 「特定秘密の保護に関する法律案の概要」へのパブリックコメントを提出した


パブリックコメント募集のページに,下のコメントを送った.


民主主義は国民の多様かつ自由な意志と言論の自由によってのみ支えられるものであり,それらの自由が制限されることは憲法と世界人権宣言の上から許されるものではありません.意見募集にかかる法律案は,防衛,外交,安全脅威活動の防止、テロ活動防止について制限を課すことができるというものですが,防衛や外交における秘密の暴露は,国民の利益のためになされ,結果的に国の過ちを防ぐことになった事例が世界の歴史上少なくありません.

特に報道機関,言論人,団体の活動が公益のためという口実で抑圧され,諸国が戦争に巻き込まれていった歴史に学べば,この法案の危険な性格は明らかです.

さらにこの法案によれば,特定秘密として保護される情報の範囲は曖昧で,解釈の幅は法律を運用する政府の都合によって定められ,司法によって事後的に解釈されることになります.仮にこの法が適用される以前においてさえ,その曖昧さは報道や言論に対する暗黙の制止の効果を持つことになります.

日本の現状において今もっとも重要なことは,国民生活に関わる情報を公の利益の名のもとに制限することではありません.警察や検察の取り調べが闇の中で行われたことが,村木厚子さん始め多くの人に冤罪を押し付けたこと,今もなお東京電力が重要なデータを秘匿していることがジャーナリストによって暴露されて,国民の知る権利を守っていること等々を考えると,今なすべきことはまったく逆です.このような法案の作成ではなく,情報公開を更に進めるための新しい立法と制度の確立につとめるのが,国として本筋と考えます.

以上を踏まえて,私は本法律案に反対します.

なお,このような重要な法律案に対するパブリックコメントの提出期限があまりにも短いことは大きな問題と考えます.期限の延長,あるいは再度の意見の募集を行われるよう希望します.


2013年09月28日 葛西臨海公園の自然を破壊しないようにという署名に賛同した [長年日記]

_ 葛西臨海公園の自然を破壊しないようにという署名に賛同した

干潟つぶしの計画に反対するキャンペーン

オリンピックのボート競技の会場建設のために,葛西臨海公園で25年に及んで再生してきた東京湾の干潟をつぶしてしまうプランが明らかになった.それに対してネットのキャンペーンが始まり,私もそれに賛同して署名した.キャンペーンのサイトはこちら

私が書いた賛同の文章は次のとおり.

日本の海岸で汽水域や干潟の生き物が生息する生態系は,環境浄化のためにきわめて重要なものであるにも関わらず,急速に減少しています.先の大震災では,更に東北地方の干潟が大きな打撃を被りました. そのような中で,都民が四半世紀をかけて回復させてきた葛西臨海公園の生態系を,オリンピックのために破壊することは,自然と人類に対する暴挙です. そもそもオリンピックは人類の平和的生存をその理念としてしており,その理念にも反するものであると考えます.

実利優先もありなのでは?というコメントをいただいた

これはフェイスブックのタイムラインにも反映され,ある大学教授の方から,コメントがついた.個人的には絶対反対ではなく,経済効果なども考えて,理想よりも実利優先ということはあるのではないかと思う,そういう指摘である. ちなみにこの方は,私とはいろいろな点で立場はことなるのだけれど,とても率直にそしてシンプルに振る舞われるので,人間的にはとても好感の持てる方である.

そのコメントに対して,私の方からは次のような意見を書いた.


オリンピックの場合,開会式や閉会式,広告,その他さまざまのところで普遍的な理念をうたうことが求められます.そこで何をアピールするかが,その国に対する世界の評価になります.もちろん日本は「先進国の証」をショウアップしたいでしょう.

これまでの例では「自然と人間の共生」,「異文化の融和」,「人種間の寛容」といったアピールが強く出されています.アトランタではジョン・レノンの「イマジン」が流れる中,モハメド・アリが聖火の最終ランナーとして登場して世界を驚かせました(内実はともかく,そして911で「アトランタ五輪の精神」は蒸発しちゃったわけですが).中国はいかにも国威発揚でド派手なことをやって,評価もそれに応じたものになりました.

そして,アテネやロンドンでは,自然との共生や文化的融和がうたわれ,設備施工においても環境破壊を最小限にしているということを「売り」にしたわけです.今の先進国の当然のトレンドです.長い目で国の地位を高めようとしたら,そこをおろそかにはできません.おっしゃるような「実利優先」も,理念を尊重するポーズぐらいはしないと,国益を損ないます(まあ IOC も建前と本音がいろいろで,それほど上質の集団ではないという気はしますけどね).

ともあれ,そういったトレンドは,もちろん日本としてもこれから見せようとするでしょう.そうでなきゃ三流国の烙印を押されます.そこで,まさか競艇のコースのために貴重な生態系を破壊するなどということはやるわけないよね?というクレームに対しては,東京都と日本政府としても,そう無碍には扱えない.海外の目はこわいですから.

私がオリンピックに期待するのは,実はそこなんですね.衆人環視の中で上品にふるまうことを要求されたら,たとえワルでも(若干言い過ぎ?)いい顔をせざるを得ないわけです.

都民の干潟への関心は薄いのではないか?

さらにその方から,確かにポーズも無視はできないという話など,いろいろとコメントがあり,その中で,近隣の住民の中で「干潟はいらない」という人が6,7割,あるいは9割いるのではないかということを指摘された.

もちろんその数字は当てずっぽうであることは本人も承知のはずで,本当のところはよくわからない.きっと,「自然は守らないといけませんね」という文脈から聞いていくか,「オリンピック会場を作って景気を良くしましょう」という文脈から聞いていくかで,数字は大幅にちがうだろう.そんなものである.

そういうことも考えながら,次のように宮城県の蒲生干潟の事例を紹介して書いた.


仙台市宮城野区に,蒲生干潟という全国的に有名な場所があります.ここは1960年台に仙台港の築港計画が持ち上がり,干潟全体が潰されることになりました.それに対して市民団体が立ち上がり.何年越しもの粘り強い運動の結果,かろうじて半分ほどの面積を残すことになりました. それは40年ほど前のことで,私が大学一年生だった当時,仙台の一番丁でその「蒲生を守る会」のデモに遭遇して,一緒に歩いたのがお付き合いの始まります.当時のデモというのは過激なものも多かった中,そのデモはシーツのような布に大きく千鳥の絵を描いて,「蒲生を守れ,蒲生の自然を守れ」とか書いてある手作りの旗を先頭に20人ぐらいで歩いていたのです.その手作り感も気に入って,自分もデモに飛び込んだのですね. そういう人たちの活動が,とにもかくにも蒲生の干潟を守ったわけです.

さて,その後,蒲生干潟は渡り鳥の飛来地,中継地としての役割の調査,汽水域での生態系の調査活動,そして毎年何回か開かれる観察会を通して,市民に認知されていきます.たとえば,すぐ近くにある仙台市立中野小学校では,全校的な取り組みとして干潟の観察や保護活動に子どもたちを参加させてきましたし,仙台市メディアテークや仙台市科学館なども,蒲生の自然を広報して,イベントを行ってきました.蒲生干潟を埋め立てるべき場所ではなく,豊かな自然を守る場所,自然の営みを学ぶ場所として,いまや完全に認知されるに至ったといえます.たとえば「蒲生を守る会」で画像検索すると膨大な資料や写真が見つかります.この会だけでなく,いくつもの団体や研究機関が関わっていることもわかります.

https://www.google.co.jp/search?q=%E8%92%B2%E7%94%9F%E3%82%92%E5%AE%88%E3%82%8B%E4%BC%9A&oe=utf-8&aq=t&rls=org.mozilla%3Aja-JP-mac%3Aofficial&hl=ja&client=firefox-a&um=1&ie=UTF-8&tbm=isch&source=og&sa=N&tab=wi&ei=WatFUt3TDovHkAWV84DwBw

私はこの会の正規の会員として活動したわけではありませんが,たびたび観察会に参加し,たまに講師の真似事などもしていました.子どもを持ってからは毎年一緒に連れて行って,カニを集めて遊んだものです.

そんなふうに,仙台市民の小さな運動から,やがては市民の誇りとして蒲生を認知するにいたった歴史を振り返ると,運動をすすめた人たち,そしてそれを受け入れていった行政の懐の深さ,なによりも仙台市民の見識の高さに誇りを感じることができます.そういうことが,住民の高い意識の一つの例であると思うのですね.まあそれと逆行する動きも,未だにあったりはするのですけど,基本的には立派なものです.特に教育に活用して,地元紙やテレビ局も蒲生の自然と風景をしばしば取り上げてきて,多くの市民が認知するに至ったことは,時代の進む方向に沿ってきたともいえます.

さて,東京湾の数少ない,かつ重要な生態系となってきた葛西臨海公園,これを育ててきたということは,東京都と都民の知性と文化的高さを表すものとして,世界に賞賛されるに値します.逆に都と土建屋がこれを潰すことを許すならば,イメージは失墜するでしょう.そして問われるのは,都民の意識の低さということになるでしょう.しかも世界の眼差しの中で.

オリンピックは理念を大事にしてほしい

オリンピックは創案者のクーベルタンの貴族的騎士道精神が強く反映されて始まった.今から見るとアマチュアだけの参加を認めるといった,時間と金のある上流階級のゲームだったわけだが,国際社会の発展,とりわけ第二次大戦後の反省にたって諸国の平等と融和,そして平和的生存の権利という普遍的な人類の価値をうたうようになったきた.

障害者やマイノリティの権利と社会参加がアテネやロンドン五輪の開会式や閉会式でつよくアピールされたこと,自然環境保護の訴えがなされたことは,今も記憶にあたらしい.

私は実のところ,オリンピックはようやく豊かになってきた国々がやるほうがよいと思っている.トルコなどはその意味ではいちばんふさわしかった.

とはいえ,仮に総理大臣が嘘の演説をして招致に成功したものであれ,本来のオリンピックの理念は,むしろ私にとって賛同できるものだ.きちんとそれを生かし,世界に向かって,自分たちはこんなにも成熟した普遍的な価値観に立っているのだとアピールできれば,やる意義は十分にある.