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【小波の京女日記】


2012年06月03日 内部被曝の話:放射性セシウムはどんなふうに体内に留まるのか [長年日記]

_ ここまでのまとめ

5月19日の記事では,放射性物質の生物学的半減期について説明した。体内に入った物質は絶えず体に入って出ていくモノ,だいたいそれは水と思っていればよいのだけれど,それによって薄められて出ていく。その変化はちょうど放射性物質が崩壊して出ていくのと同じモデルで記述できる。数学的に言えば \[ \frac{dx}{dt} = -\lambda x \] という微分方程式で表せる。ここで $\lambda$ は全体のうちどれだけの割合で $x$ が減少するかということを示すパラメータだ。生物学的半減期を考える時には,$\lambda$ は $f/V$という値で置き換えられる。ここで $f$は単位時間に流れ込む「真水」の量で,$V$は容器の体積である。

画像の説明

このモデルは上の微分方程式を解析的に解くことでも解が得られるし,また簡単なプログラムでも,そのようすを再現できた。

つまり上の微分方程式を数学的にまじめに解くと, \[ x = x_0 {\mathrm e}^{-\lambda t} \] という時間変化の関数が得られて,そこからさらに半減期 $\tau_h$ として \[ \tau_h = \frac{\log 2}{\lambda}\] という関係が出てくるということを確かめることができたことは覚えているだろう。

また,簡単なシミュレーションのプログラムによって,図のような減衰曲線を得ることができ,半減期を実際にデータから読み取ることもできた。


_ 出入りを考えたモデル

体内に持ち込まれる放射性物質の項の効果


前のシミュレーションでは,放射性セシウムのような汚染物質が体内に1回取りこまれたら,その後どういうふうに変化するかを追った。しかし現実に問題になるのは,最初は汚染ゼロで,そこから汚染した食物を摂取し続けた時にそれがどのように体にたまるのかということである。状況としては下の図を見てもらえばよい。

画像の説明

こんなふうに最初は「真水」だったものに,上から汚染物質が一定の速度で入ってくる。一方ですでに扱ったように,薄まっていく過程も同時に進行している。さて,単位時間あたり入ってくる汚染の量を $m$ としよう。 これによる単位時間あたりの濃度の変化は,全体の容積を $V$としたとき $m/V$ となるはずだ。(200 L のタンクに毎日 10 g の塩が入ってきたら,一日あたりの濃度の増え方は $10 / 200 = 0.05 $ g/L となるよね。)

画像の説明

そのことを例によって微分方程式で表すと,次のようになる。

\[ \frac{dx}{dt} = \frac{m}{V} \]

$m$ も $V$ も定数なので, 簡単のために $\alpha = m/V$ としてしまおうか。

\[ \frac{dx}{dt} = \alpha \]

あるいは差分形にして

\[ \Delta x = \alpha \Delta t\]

これが意味するところは,要するに一定のペースで増えていくような変化だということだ。解析的にも解は簡単だが,プログラムで解くことにこだわってやってみよう。前に登場したプログラムの断片を見てほしい。

#繰り返しはじめ
dx = lambda * x * dt
t += dt
x -= dx
#繰り返しおわり

ここで dx = lambda * x * dt ではなく,

dx = alpha * dt

とし,また x -= dx を

x += dx

としてループを回してやれば,増加の様子をシミュレートできる。 ただし,いうまでもなくその前に alpha に何か値を入れてやらないといけない。

実際に計算して得た結果を示そう。これは $x_0$ を 10.0, $\alpha$ を 2.0 として解いてみたものである。見ると,初期値から一定の傾きで単純に上昇している。これは当たり前の話で,出口がないのに容器に一定のペースでインクを落としていけば,単純に蓄積されていくという自明なことが起きることを示している。

体内に持ち込まれる分と出ていく分の両方を考える。

実際には,先に見たように体内に取り込まれた汚染物質は,生物がつねに食物や水を取り込んで老廃物を排出していくことによって「薄められて」いく。このときに生物学的半減期が現れることもすでに見た。

画像の説明

この状況を微分方程式で表すと次のように書けるだろう。

\[ \frac{dx}{dt} = \alpha - \lambda x\]

$\lambda x$ はすでに何度も出てきた減衰の定数で,ここでは $\lambda = m/V$ である。

このモデルをプログラムするとどうなるだろうか。例によって次のように書きなおしてからプログラムを書く。

\[ \Delta x = (\alpha - \lambda x) \Delta t \]

これから,プログラムの計算の最初の部分は次のように書ける。

dx = (alpha - lambda * x) * dt

これを使って計算を実行してみると,右のような図が得られる。

図から見て取れるのは,上の一直線の増加ではなく,徐々に増加のペースが鈍っているということで,結果的にかなり低い値(グラフの縦軸の数字にも注意!)でほぼ傾きが水平になる。

この変化は,要するに常に汚染物質が追加されるものの,同時に汚染物質の濃度に比例して排出されるために,あるところで濃度変化が頭打ちになることを 意味している。


_ どんなふうに定常状態になるのか

定常状態が成立する条件

さて以上の計算から,放射性物質を仮に毎日取り込み続けていたとしても,しばらくたつと体内の量は頭打ちになるというかなり安心できる事実が確かめられた。

画像の説明

しかし,それでも「どの程度の量で頭打ちになるのか?」という疑問を解決しておかないと,あまり手放しで安心するわけにはいかない。それについて考えておこう。

もう一度次の微分方程式を考える。

\[ \frac{dx}{dt} = \alpha - \lambda x \]

この式で $\frac{dx}{dt}$ がゼロになる,つまり傾きがゼロになる条件はとても簡単だ。すなわち,

\[ \alpha - \lambda x = 0\]

となる時だ。これは流入量 $\alpha$ と 流出量 $\lambda x$ がちょうど釣り合っているという条件が満たされていることを意味する。これを定常状態という(「平衡状態」と呼ぶ人もいる)。つまりこの状態では汚染物質の濃度は飽和してしまうわけだ。

この式から,定常状態が成り立つ時の汚染物質の濃度 $x$ は次のように表されることが分かる。 \[ x = \frac{\alpha}{\lambda}\]

右図に以上をまとめて示した。図に記載したパラメータから定常状態の濃度との関係を読み取れる。

乳幼児は大人よりも蓄積量が少ない

以上はとても重要な結果で,生物学的半減期 $ \log 2/\lambda $が短いほど低い濃度で定常状態に達することを意味している。一般に乳児や幼児は新陳代謝が激しいために生物学的半減期が短く,そのために体内では大人よりもずっと低い濃度で飽和に達する。これはとてもありがたい事実だ(セシウムの生物学的半減期は大人で 約100日,若くなるにつれて短くなって幼児で30日程度,生後数日の新生児では6〜7日という報告があり,これが現在使われているデータの元になっているようだ。 Radiol Health Data Rep. 1965 Dec;6(12):711-8."The half-time of cesium 137 in man." McCraw TF.)。

_ 物理的半減期と生物学的半減期の両方が関係するとき

生物学的半減期と物理学的半減期

5月9日の日記で,物理的半減期によって放射性物質の量が指数関数的に減衰することを解説した。体内に取り込まれた汚染物質がまったく同じ形で減衰することもすでに学んだ。

ところで,ここで述べている生物学的半減期をめぐる議論は,別に汚染物質が 放射性であるかどうかは関係ない。体内の物質が体外に排出されるときには「薄められ」ていって,だんだんに下がっていくというモデルなのだ。だから実は医療用の薬の場合でも同じことが言えて,たとえばあるときに取り込んだ抗生物質の濃度がどのように推移するかという話(これは薬の効き目を考える上でとても重要なはず)を考える時には,薬理学的半減期という用語が使われる。

そういう生物学的半減期の議論と独立して,原子核そのものが消滅していく物理的半減期も考慮することで,体の中の放射能汚染の全体を考えることができる。 そこで物理的と生物学的のふたつの半減期のが絡んでくる場合について,話を進めよう。

放射線の減衰の定数はこれまで$\lambda$ で表してきたが,減衰には2通りがあるので物理的な減衰定数を $\lambda_P$, 生物学的な減衰定数を $\lambda_B$としておこう。それぞれに対応する半減期は $\tau_B$, $\tau_B$とする。当然次のように書けることは分かるだろう。

\[ \tau_P = \frac{\log 2}{\lambda_P} \]

\[ \tau_B = \frac{\log 2}{\lambda_B} \]

さて,人体に見立てている容器の中の放射性物質が減る原因として,崩壊によるもの,および「薄め」によるものの効果がどういうふうに効くのかを考えてみよう。

たとえば 100 だけのものがあり,ある時間内に崩壊で 5 % が,「薄め」によって 3 % 減るとするならば,合わせて 8 % 減ることは明らかだ。つまり,2つの減衰の効果は足し算で効く。ということは次のように書ける。

\[ \frac{dx}{dt} = -\lambda_P x - \lambda_B x = -(\lambda_P + \lambda_B) x \]

これを何度も出てきた減衰の微分方程式

\[ \frac{dx}{dt} = \lambda x \]

と見比べれば,結局2つの減衰定数の和 $\lambda_P + \lambda_B$ がひとつの減衰定数であるかのように振舞うことになり,放射性物質はやはり指数関数的に減少することになる。

\[ x = x_0 {\mathrm e}^{-(\lambda_P + \lambda_B) t}\]

全体としての半減期を $\tau_T$としよう。この値はどうなるだろうか。当然上の式から

\[ \tau_T = \frac{\log 2}{\lambda_P + \lambda_B}\]

となるだろう。すると結局次の式が得られる。

\[ \frac1{\tau_T} = \frac{1}{\frac1{\tau_P} + \frac1{\tau_B}}\]

あるいは形の美しさを重視すれば,

\[ \frac1{\tau_T} = \frac1{\tau_P} + \frac1{\tau_B} \]

この式の意味するところを考えてみよう。もしも2つの半減期が等しい時には,全体としての半減期は2つの半減期の半分になる。つまり倍の速さで減衰していく。考えてみればそうなるだろう。

次に,もしもどちらかの半減期が片方に比べてずっと大きいときはどうなるだろうか。たとえばセシウム137の物理的半減期 $\tau_B$は 30 年 = 約10000日であり, 成人の生物学的半減期 $\tau_B$はだいたい 100 日なので100倍の開きがある。 つまり大小比較はこうなる。

\[ \frac1{\tau_P} \ll \frac1{\tau_B} \]

ただし,同じ濃度の汚染でも乳幼児は感受性が成人より高く,また残りの人生も長いので,そのことを含めるとこれで安心というわけでもない。小さい子どもほど放射線に対する感受性は高いものの,生物学的半減期が大人よりずっと短いために体内の濃度は少なくなる。そのため幸いにして「子どもの感受性の高さ」だけで心配するようなことにはならない というふうに考えておくのがよいと思う。ちゃんと計算すると,1歳から5歳までの幼児は大人よりもやや許容量が多い,つまりちょっとだけ守られているということになる。ただし新生児は大人よりも許容量が2/3程度と少ないので,やはり気をつけるべきだ。

なお,仮に放射性物質を取り込んだとしても,悲観せずにすぐにそれを避ける行動をとれば,生物学的半減期の神様が守ってくれる。そのことについては後でまた述べる(この項未執筆)。

途中で汚染の流入がなくなるとどうなるか

不幸にして一定期間汚染された食物をとったあと,汚染のほとんどない食物に切り替えると,そこで体内の濃度は減少していくはずだ。それについてもシミュレーションを試みよう。


_ まとめ,そしてここで触れていない大事なこと

  • 何ベクレルなら危険なのか --- シーベルトとベクレル
  • 体内被曝と体外被曝はどちらが危険か
  • 特定の臓器に集まる放射性元素の生物学的半減期は単純ではない

田崎晴明先生の解説

同じく田崎先生がまとめられた電子本(PDF)のページ

課題

物理的半減期と生物学的半減期について,この日記の解説をまとめ,かつ自分で行った計算の結果を図にして,A4 3ページ以上のレポートを作成してメールで提出しなさい。ファイルは MS Word の.docファイル,あるいは TeX で作った PDF ファイルで。なお OpenOffice で作成した場合には PDF にエクスポートして提出のこと。提出締め切りは7月26日

  • 2つの半減期の定義と意味,それらのシミュレーション
  • 汚染物質の流入がある場合の体内濃度のシミュレーション
  • 汚染の流入が途中でなくなった場合の経過を示すシミュレーション
  • 2つの半減期の両者を含めたシミュレーション
  • まとめと考察(田崎先生の文書などを参考にするとよい)

なお,シミュレーションについて考察する時には,パラメータを変更して結果の妥当性を吟味するという形をとること。現実のデータも探して,照合して議論すること。これが計算機実験による 研究の進め方である。


2012年06月15日 光合成細菌は2000度でも死なない!?―EM をめぐる非科学的な動き [長年日記]

_ 環境教育に持ち込まれるEMの嘘

6月13日の大阪日日新聞の「大阪ヒト元気録 」というシリーズに 「河川浄化 主婦の目線で」という見出しの記事 が掲載されている。

有用微生物を活用して環境教育にも一役をということで,「EMボカシネットワーク大阪」の代表をしておられる岸隆美さんという主婦の方の談話で構成された記事である。これは河川水などの水質浄化に「EM菌」が有効であるというものである。

その主張自体がまったく非科学的であり,EMの投入がこれまでに客観的な検証を得ずに行われて,ただ「役立つ,有効だ!」とだけ喧伝しながら進められているのだが,それにはここでは触れない。中でとんでもないデタラメをこの人が振りまいているのだ。あまりにもひどいので,科学者として指摘せざるをえない。

'「地球上で最初に生まれた生物が光合成細菌。2000度でも死にません」。'図解に子どもたちが真剣なまなざしを向ける。子どもたちが授業でこしらえた元気玉を学校周辺に投入し、その下流の水質が改善されたというデータが胸を躍らせる。東大阪では、10年来の環境教育が好評で「子どもたちが遊べる川に」という地域の願いに後押しされ「次から次へといい人にめぐり合えた。運がいい」と笑顔を見せる。

2000℃で死なない生物は地球上に存在しない。理由は簡単だ。生物を作っている物質は有機化合物だ。実は「有機化合物」という言葉自体が「生物のオルガニックな(精妙で人工的に真似できない)機能によって作られた」という意味で,その昔に付けられたのである。その有機化合物はそんな高温ではすべて分解してしまうからだ。鉄でさえ,1538℃で融けて液体になるのだ。

さらにいうと,生物を作っているタンパク質分子の機能は,たいてい50℃から60℃程度で働きを失う。それを超えて活動できる微生物は好熱菌と呼ばれているが,それでも2008年現在で知られているチャンピオンは,耐熱温度が122℃ということである(参考記事)。なお,胞子になったり乾燥した仮死状態になって,もっと高温を耐えて生き返る生物は他にもいる。

高温を好むこれらの微生物は,普通の温度では他の微生物に押されて活動できないが,熱水が噴き出る海底のような特殊な環境で生きている。生命が始まったころの地球は今よりも温度が高かったので,この種の細菌や古細菌があらゆるところに見られたと思われている。中には光合成能力を獲得したものがあり,実は私も,その一種について光合成の仕組みを,クロロフィル(葉緑体の色素)の構造から研究したことがある。

そんなわけで,そこらにいる微生物も,もっと大きな生き物も,2000℃はおろか100℃の環境に置かれたらたいていは死滅する(サウナで100℃というのは,どんどん汗が気化していくので耐えられるわけで,長時間いたら生存は確実に不可能だ)。牛乳の低温殺菌が63℃で行われていることを考えたら,だれでも常識的に分かるだろう。

_ 専門的なことはさておいて常識でわかること

一般の主婦の方に研究者のような知識を求めることは酷かもしれない。しかし,次代を担う子どもたちを相手に学校で話をするというのであれば,知りませんでしたでは済まない。合理的で科学的なものの考え方をできない人が学校で教えるべきではない。

とはいえ,それはむつかしいことを注文しているわけではない。話を針小棒大に膨らませて人の気をひこうなどということをしなければよい。嘘をついて話を面白くしてはいけないのだ。

そして,自分が言っていることのつじつまをちゃんと考えてほしい。牛乳の低温殺菌とか熱湯消毒とか,家庭の主婦ならだれでも知っていることではないか。 缶詰がどうして腐らないかということを知らないとしてら,開けた缶詰を放置して食中毒を引き起こすかもしれない。

そんな常識を働かせてみれば,2000度で生きている生き物があるなどと口にできるはずもない。だがおそらくこの人は,「2000度!」と言った瞬間に相手が「ほー,それはすごい!」という反応を見せるのを楽しんでいるのだろう。だが,それで効能の怪しいものを人に勧めるなどというのは,道義的にも許されることではない。

常識のレベルでいいから言葉のつじつまを合わせること,不確かなことは口にしないこと,この2つを意識して行動すればそうそうデタラメなことにはならない。

_ 環境教育に非科学的な嘘を持ち込むべきではない

こうやってみると,この記事で紹介されている「環境教育」はまったくおぞましい話しである。初等中等教育というのはきちんと定まった定説をベースとして,次の世代に知識と人間的な能力を伝えていくことが使命である。そんなところでまったくデタラメなホラをうそぶくようなことは許されることではない。

人間が将来も住み続けられるように環境を守っていくことは,もちろん大切だ。環境教育はとても大切だ。ところが今,EMをはじめとして「環境」を口にする怪しげな言説がいかに多いことか。それらから学校を守ることは,良識のある人々が心しておくべきことだと思う。