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【小波の京女日記】


2012年05月03日 瓦職人さんからの質問 [長年日記]

_ 「懸垂曲線」の問題

この記事を書いたわけ

建築関係の仕事をしておられる方からお尋ねがあった。家の屋根の形を作図するのに,ボールチェインを使って形をとるのだが,その形を数式で表せないかという相談だ。以前,高校生向けの講座で,吊り橋の形が放物線になることを説明したことあり。その解説を書いて自分のサイトに載せているので,それで聞いてこられたらしい。

直接面談しての説明なら紙と鉛筆ですむことだけど,メールや電話では図や数式を使いづらいので,この日記にお答えを書いておくことにしたい。他の人にはそれほど面白い話でもないだろうけれど,お暇な方はどうぞ。

こちらからお願いしてもう一度メールに添付していただいたのは次の図である。ただし青で描かれた部分は,こちらで追加した。

屋根のラインの作図

最初,この図を見る前にメールの文面だけで考えたことは,結構難しい問題だということだった。全体が一様なひもの両端を支えて垂らした時の曲線は懸垂曲線とかカテナリー曲線とか呼ばれて昔から研究されている。その基本的な関数形はシンプルな双曲線関数を使って表せるのだけど,具体的に使おうとするとかなり面倒くさい。腕を組んでこれは大変かと思っていたのだが,図を見ると垂れ下がり方がごくわずかである。これなら近似的にやって十分なはずだ。

吊り橋は放物線で支える

吊り橋の道路部分は,端も中央も均一に作る必要があるので,それを釣り上げる長いワイヤーの形はほぼ放物線になる。各地の大きな吊り橋を見ると,壮大で美しい放物線が楽しめるわけだ。

一方,懸垂曲線には次のような双曲線関数が記述に使われる。

\[ \frac{e^{ax} + e^{-ax}}{2} \]

これは美しい式だけど,具体的に上の図のような状況に適用しようとするとすごく面倒な事になる。

しかし,図を見ると,チェインの垂れ下がりは全体の長さから見てわずかしかない。ということは,この程度の曲線であれば放物線,つまり二次関数で十分に精度よく近似できる。

_ 放物線の形を求める

元の図の原点は右上にあるが,それだと座標系として使いづらいので,青で書き加えたように,原点(0,0)を左下にとる。また横幅を $W$, 高さを $H$ とし,中央の「たるみ」による下がりの長さを $\Delta$ とおいた。

放物線の一般形はよく知られているように次の式で表される。

\[ y = ax^2 + bx + c \]

ただし,図のように左下を原点にとれば $c=0$ となるので扱いはとても簡単になる。

\[ y = ax^2 + bx \]

式の中の $a, b$ を求めてやれば,任意の $x$ について $y$ の値を求めることが出来て目的は達する。

原点以外に,この放物線上のふたつの点 $(W,H)$, $(\frac{W}{2}, \frac{H}{2}-\Delta)$ が与えられているので,上の式にこれらを代入して2つの関係式が得られる。

\[ H = a W^2 + b W \]

\[ \frac{H}{2} - \Delta = a(\frac{W}{2})^2 + b \frac{W}{2} \]

これらは $a, b$ を未知数とする二元連立方程式になっているので,せっせと式を変形してみると,次のような解がえられる。

\[ a = \frac{4\Delta}{W^2} \]

\[ b = \frac{1}{W}(H-4\Delta) \]

これで準備は完了。あとは具体的に $W=10, H = 7, \Delta = d \times \frac{L}{W} $ として数値を求めることができて, \[ a = 0.1788, \ b = 0.5212 \] ということになる。これを使えば,図でたとえば $x_1 = 1$ だから $y_1 = a x_1^2 + b x_1 = 0.53908 $ として下からの高さが得られることになる。表計算ソフトを使って,1,2,3,4,... とA列に記入しておき,= 0.1788 * A1^2 + 0.5212 * A1 とB1セルに書いて下にコピペすれば,一気に答の数値が得られる。



_ 付け足し

ときどき感心させられることは,私のような者が書いた小さな解説であっても,全国の方から関心を持ってお尋ねのメールをいただくことが年に何度かはある。たいていは大学の研究者とは縁のない方で,自営業や小さな企業の設計などをやっておられる人だ。

そういう方が,自分の仕事の中で抱えている疑問をなんとか高校で習った数学や物理,化学の知識を活用して頑張ってみて,それでも手に負えなくて質問してこられることもあるようだ。

そんなことを想像すると,この国の力を支えている市井の人々の姿に思い当たり,頭がさがる。日本を支えているのは何も大企業や大学の研究機関だけではなくて,自分が昔受けた教育を元に勉強し,その知識を活用しながら日々生活し,働いておられるたくさんの方々の力も実は大きいのではないだろうか。