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【小波の京女日記】


2012年05月01日 放射性物質の基礎的な振る舞いを記述する(1) [長年日記]

_ まえがき

昨年の原発事故によって北日本各地に降下した放射性物質による汚染の問題は,原発がひとたび大事故を起こせば社会そのものが崩壊する可能性があるということを,強烈に印象付けることとなった。ちなみに,昨年3月中旬の気象状況は,ほとんどの期間強い季節風が海に向かって吹いていて,壊れた原発から噴出した大量の放射性物質のうちほとんどは海に降り注いだ。結果として人が住む地域に落ちた放射性物質はごく一部ですんだ,あれだけの惨状を招いてさえ,実はまだしも幸運だったのだということは決して忘れてはいけないことだと思う。

さて,そのことは一旦置いて,ここではよく言われる放射性物質の半減期とは何かとか。あるいはいわゆる半減期にも「物理学的」とか「生物学的」といった種類があることとか,あるいは体内への蓄積はどうなるかといった,多くの人の関心の高い問題について,簡単なシミュレーションとともに示すことにしよう。

_ なぜ放射線を放出する原子核があるのか

そもそも放射線とはどういうものだろうか?基本的な科学知識の範囲で,それについて説明しておこう。

だれでも知っているように,原子核は陽子と中性子が結合してできた 極微の粒子だ。陽子と中性子の間には核力という強い引力が働く一方で, 陽子と陽子は同じプラスの電荷をもっているので反発しあう。

つまり,中性子は原子核をまとめようとする接着剤であり,陽子は互いに嫌って離れようとしている。そういう相反した力を内在させている矛盾の塊が原子核と思えばよい。それでも私たちが知っているようなふつうの炭素や酸素の原子核では,まとまる力が優越しているので安定に存在している。

ところが,たまたま陽子と中性子の数のバランスが悪い原子核もある。炭素の場合だと陽子6個と中性子6個がなかよく収まっているのが通常の原子核で,中性子がもう1個多くなったものもちゃんと安定している。ところが,中性子が 8個もある炭素の原子核,炭素14が大気中で宇宙線のエネルギーをもらって少しづつ作られていて,こいつは少々不安定になっている。

ところで原子核というのは,単に陽子と中性子がじっとくっついているだけではない。 どんな原子核のなかでもそれらの粒子は固有のエネルギーを持っていて, グニュグニュゴニョゴニョとうごめいているのだ。安定な原子核の場合には それ以上のことは起きない。しかし,炭素14のような不安定な原子核の場合には,グニュグニュゴニョゴニョの結果としてある特別な状態になった瞬間に,何かの放射線を放出して壊れてしまう。核の壊変とか崩壊と呼ばれるのはこのような現象だ。

_ 放射性核が崩壊する確率は常に一定

つまり,放射性の原子核というのはエネルギー的に不安定な原子核がたまたま ある状態に陥った瞬間に壊れていく。たまたまそうなる確率は原子核によって決まっているので,炭素14の原子の集合だったら,無数にある原子核のどれも,現在から次の一定時間内に壊れる確率は等しい。 このことは放射性物質の振る舞いを理解する上で最も基本的な知識である。

_ 放射性原子核の減衰のようす

いま,ある放射性の原子核が量にして $x_0$ だけ存在しているとしよう。この量の単位はモルでもいいし,グラムやキログラムでもよい。あるいは数でもいいが,その場合には少なくとも1兆個ぐらいのスケールで考えてほしい。

不安定な原子核だから,一定時間後には,この原子核のかたまりのうちのある割合が崩壊していく。そこで単位時間あたりで崩壊する割合を $\lambda$ としよう。ある時刻 $t$ の時点で存在する原子核の量を $x$とすると,これが引き続く短い時間 $\Delta t$ の間に壊れて変化する量 $\Delta x$は次のようになるはずだ。 \[ \Delta x = -\lambda x \Delta t \]

あるいは,これを書きなおして次のようになる。

\[ \frac{\Delta x}{\Delta t} = -\lambda x \]

つまり,ある瞬間からほんの短い時間だけ進んだ時に $x$ が壊れて減る量は,その瞬間の $x$の値に $\lambda$ を掛けたものに等しいということだ。

図の矢印は,ある時点の量のヘリ方が,その量自身に比例することを矢印の傾きで表している。

画像の説明

数学的には $\Delta t$ という短い時間刻みを無限に小さくとっていって,次のような微分方程式を解くことになる。しかし,そんなむつかしいものは,ここでは扱わないのでご安心。

\[ \frac{dx}{dt} = -\lambda x \]

このことは別にむつかしい話ではない。たとえば人が所持金を使うときには,沢山持っている時ほど気前がよくて沢山の金を使う。荒っぽく言えば財布の金の額に比例して金を使うわけだ。この場合でも上記のような式で量の振る舞いが記述される。

ともあれ,上の微分方程式を解いてやると, 右の図のように右下に向かって降下していく曲線が得られる。これが放射性物質が時間とともに減っていく時の変化のようすを表す曲線で,量と時間の関係は次の式で表されることになる。

\[ x = x_0 e^{-\lambda t} \]

微分方程式を使わないで簡単なプログラムで計算する

微分方程式などというむつかしいものは使わないと宣言したわけだが, その代わりに使うのは差分方程式だ。こっちの考え方はいたって素直で,しかも短いプログラムを使ってあっという間に計算できる。それについては別の項目で扱うことにしよう。

(5月9日の記事に続きます)


2012年05月03日 瓦職人さんからの質問 [長年日記]

_ 「懸垂曲線」の問題

この記事を書いたわけ

建築関係の仕事をしておられる方からお尋ねがあった。家の屋根の形を作図するのに,ボールチェインを使って形をとるのだが,その形を数式で表せないかという相談だ。以前,高校生向けの講座で,吊り橋の形が放物線になることを説明したことあり。その解説を書いて自分のサイトに載せているので,それで聞いてこられたらしい。

直接面談しての説明なら紙と鉛筆ですむことだけど,メールや電話では図や数式を使いづらいので,この日記にお答えを書いておくことにしたい。他の人にはそれほど面白い話でもないだろうけれど,お暇な方はどうぞ。

こちらからお願いしてもう一度メールに添付していただいたのは次の図である。ただし青で描かれた部分は,こちらで追加した。

屋根のラインの作図

最初,この図を見る前にメールの文面だけで考えたことは,結構難しい問題だということだった。全体が一様なひもの両端を支えて垂らした時の曲線は懸垂曲線とかカテナリー曲線とか呼ばれて昔から研究されている。その基本的な関数形はシンプルな双曲線関数を使って表せるのだけど,具体的に使おうとするとかなり面倒くさい。腕を組んでこれは大変かと思っていたのだが,図を見ると垂れ下がり方がごくわずかである。これなら近似的にやって十分なはずだ。

吊り橋は放物線で支える

吊り橋の道路部分は,端も中央も均一に作る必要があるので,それを釣り上げる長いワイヤーの形はほぼ放物線になる。各地の大きな吊り橋を見ると,壮大で美しい放物線が楽しめるわけだ。

一方,懸垂曲線には次のような双曲線関数が記述に使われる。

\[ \frac{e^{ax} + e^{-ax}}{2} \]

これは美しい式だけど,具体的に上の図のような状況に適用しようとするとすごく面倒な事になる。

しかし,図を見ると,チェインの垂れ下がりは全体の長さから見てわずかしかない。ということは,この程度の曲線であれば放物線,つまり二次関数で十分に精度よく近似できる。

_ 放物線の形を求める

元の図の原点は右上にあるが,それだと座標系として使いづらいので,青で書き加えたように,原点(0,0)を左下にとる。また横幅を $W$, 高さを $H$ とし,中央の「たるみ」による下がりの長さを $\Delta$ とおいた。

放物線の一般形はよく知られているように次の式で表される。

\[ y = ax^2 + bx + c \]

ただし,図のように左下を原点にとれば $c=0$ となるので扱いはとても簡単になる。

\[ y = ax^2 + bx \]

式の中の $a, b$ を求めてやれば,任意の $x$ について $y$ の値を求めることが出来て目的は達する。

原点以外に,この放物線上のふたつの点 $(W,H)$, $(\frac{W}{2}, \frac{H}{2}-\Delta)$ が与えられているので,上の式にこれらを代入して2つの関係式が得られる。

\[ H = a W^2 + b W \]

\[ \frac{H}{2} - \Delta = a(\frac{W}{2})^2 + b \frac{W}{2} \]

これらは $a, b$ を未知数とする二元連立方程式になっているので,せっせと式を変形してみると,次のような解がえられる。

\[ a = \frac{4\Delta}{W^2} \]

\[ b = \frac{1}{W}(H-4\Delta) \]

これで準備は完了。あとは具体的に $W=10, H = 7, \Delta = d \times \frac{L}{W} $ として数値を求めることができて, \[ a = 0.1788, \ b = 0.5212 \] ということになる。これを使えば,図でたとえば $x_1 = 1$ だから $y_1 = a x_1^2 + b x_1 = 0.53908 $ として下からの高さが得られることになる。表計算ソフトを使って,1,2,3,4,... とA列に記入しておき,= 0.1788 * A1^2 + 0.5212 * A1 とB1セルに書いて下にコピペすれば,一気に答の数値が得られる。



_ 付け足し

ときどき感心させられることは,私のような者が書いた小さな解説であっても,全国の方から関心を持ってお尋ねのメールをいただくことが年に何度かはある。たいていは大学の研究者とは縁のない方で,自営業や小さな企業の設計などをやっておられる人だ。

そういう方が,自分の仕事の中で抱えている疑問をなんとか高校で習った数学や物理,化学の知識を活用して頑張ってみて,それでも手に負えなくて質問してこられることもあるようだ。

そんなことを想像すると,この国の力を支えている市井の人々の姿に思い当たり,頭がさがる。日本を支えているのは何も大企業や大学の研究機関だけではなくて,自分が昔受けた教育を元に勉強し,その知識を活用しながら日々生活し,働いておられるたくさんの方々の力も実は大きいのではないだろうか。


2012年05月09日 放射性物質の基礎的な振る舞いを記述する (2) [長年日記]

_ Euler法で減衰のシミュレーション

放射性物質というのは,不安定な原子核をもつ原子たちの集団のことだ。 もっとも,たとえば放射性セシウムとかいう場合には,純粋のセシウムだけが あるのではなく,何らかの化合物となっているので,他の原子もいっしょに 存在しているのだけど,単に放射線のことを考えるときには,それは考えなくてもよい。

それではいよいよ,放射線の量が減っているようすをシミュレーションで確認していくことにしよう。

繰り返し計算で攻める

いま時刻$t$を 0 として,ある放射性原子核の集まりがあったとして,その量が $x_0$であったとす る。その中で $\lambda$ の割合が単位時間あたりで崩壊していくとすると, 短い時間 $\Delta t$ の間に減る量は $\lambda x_0 \Delta t$ となるだろう。これを $x_0$ から引けば残る量が求められる。 式の上でこの作業を繰り返してやると,次のようにどんどん式はややこしく 混み合ってしまう。


時刻 $t$ 量 $x$ 減少量
0 $x_0$ $\lambda x_0 \Delta t$
$\Delta t$ $x_0 - \lambda x_0 \Delta t$ $\lambda (x_0 - \lambda x_0 \Delta t) \Delta t$
$2\Delta t$ $x_0 - \lambda x_0 \Delta t -\lambda (x_0 - \lambda x_0 \Delta t) \Delta t $ めんどくさ!
$3 \Delta t$ ... ...

が,よく見ると,これは次のような単純な作業の繰り返しにすぎない。

  1. 時間の進み幅 $\Delta t$, 量の初期値 $x_0$ を適当な値に設定する
  2. 時刻$t$をゼロに,量$x$を初期値 $x_0$をセットする
  3. 量 $x$に $\lambda\Delta t$を掛けて減少量を得る
  4. 時刻を $\Delta t$だけ進める
  5. $x$から減少量を引いて,現時刻での新しい $x$とする
  6. 3 に戻る

勘違いを避けるために注意しておくと,数学の時間にやらされるような数式の操作を実行することは,コンピュータにはむつかしい(因数分解とか式の展開とかできるようなソフトはある)。そういう高級なテクニックは使わずに,具体的な値を使って「どん臭く」計算を進めるのが,この種の数値シミュレーションである。

Ruby のソースで表現する

上の繰り返しをRubyのソースで書くとどうなるだろうか? 変数にギリシャ文字は使えないので,$\lambda$ は lambda, $\Delta t$は dt というふうに置き換えて書いてみる。もちろん添字も使えないので $x_0$ は x0 のようにする。

lambda = 0.1
dt = 0.05
x0 = 10.0
x = x0
t = 0.0
#繰り返しはじめ
dx = lambda * x * dt
t += dt
x -= dx
#繰り返しおわり

繰り返しには for ループや while ループがあるが,ここではどちらを使えばよいだろうか。比較すると,

  • for ループは回数を指定できる
  • while ループは終了条件を指定できる

ということはよく知っているだろう。回数指定のほうが頭を使わないですむので,まずそれでやってみよう。上の繰り返しの部分を次のように for ループで囲む。n_repeat は繰り返し回数であり,最初のほうで適当に 100 とか 1000 とかを代入しておく。

for i in 1 .. n_repeat #繰り返しはじめ
  dx = lambda * x * dt
  t += dt
  x -= dx
end #繰り返しおわり

一応これでプログラムは走るはずだが,計算結果を外に吐き出す部分がないので,ただ黙ってひたすら走って終わる。つまり,

本人は分かっているのだろうけど,それじゃ他人はわからないよね。

って感じだよね。

せっかく計算して得た数値を出力するには,puts なり printf なりを使えばよいが,この種の計算では printf を使って,出力を精密に制御するほうがよい。

出力されたデータの形は次のように GNUPLOT でそのまま使えるスペース区切りのフォーマットにする。

0.000000  10.0000000
0.010000   9.9800000

課題: それではソースを補って,上のような出力を得られるようにして下さい。プログラム名は radiation_decay01.rb とし,適当にバージョンを上げながら改良するとよいでしょう。

得られたグラフをみる

結果を GNUPLOT で描画してみると次のようになる。

画像の説明


課題

  • パラメータ lamda をいろいろ変更して上の計算を行い,その結果を同一のグラフの上にプロットしなさい。グラフ右上の線の説明にはファイル名でなく,パラメータを表示するようにすること。
  • この種の減衰では,いわゆる半減期が現れる。量が半減する時間が,どんな量から始めても同じであることをこのシミュレーションで確認しなさい。
  • 半減期と $\lambda$ の関係はどうなっているか。log(2) の値を参考にしてシミュレーションの結果から推測しなさい。
  • 結果のグラフと共に簡単な説明を付けて,何らかの文書にしてメールに添付して提出しなさい。文書作成は Word, OpenOffice, TeX などなんでもよいが,もらうのはPDF の形がうれしい(OpenOffice には PDF でエクスポートする機能がある)。

" log(2) は2の自然対数である。irb で include Math としてからこの式を打ち込むと得られる。また Windows などの関数電卓でも容易に計算できる。


2012年05月16日 金環日食の準備 [長年日記]

_ 太陽撮影用フィルターの自作

カメラ用フィルター

5月21日朝の金環日食が間近に迫ってきたので,先日の日曜日に撮影用のフィルタを作成してみた。使ったのは国際光器という桂の専門店で入手したドイツ,バーダープラネット社のフィルタ。

http://www.kkohki.com/Baader/astrosolar.html

これを黒ケント紙とアルミホイルでしっかり遮光した筒に取り付けて,カメラのレンズ外筒にちょうどはまるものを作ってみた。

画像の説明

みかけは少々雑な感じになっているが,きっちり遮光はできていて,ちゃんと撮れる。

撮影した画像

撮ってみたらうまくいっていた。よく見ると黒点がわかる。 見にくい時には画面を動かして,ディスプレイの汚れと黒点の「しみ」と区別できる。 14日と18日の画像を並べると,黒点の動きや増減もある程度追える。

5月14日午前の写真

画像の説明

5月18日早朝の写真

画像の説明


2012年05月18日 双眼鏡用太陽観測フィルターの製作 [長年日記]

_ 双眼鏡用フィルターの製作

先日記事を書いた時には,時間がなかったのでカメラ用のフィルターの出来上がりと撮影画像だけを紹介した。その時に双眼鏡で日食を眼視するためのフィルターも作ったので,ここでご紹介。

なお,これは単に日食を見るためだけではなく,太陽の黒点もよく見えるので,結構楽しい。最近太陽の活動が活発なので,もしも日食が悪天候で見れなくても元はとれそう。

なお,眼視用のフィルターは間違って光が入るものを作ってしまうと,目に害を与える可能性がある。撮影用のフィルターならカメラを壊してもお金の問題で済むけれど,こちらは障害を残しかねないので,作ったら必ずチェックすることが必要。また太陽を双眼鏡の視野に入れる際にも,うっかり太陽を見ないように気をつけないといけない。

材料と道具

材料として用意したのはつぎの品

  • 太陽観測専用フィルム(バーダー社アストロソーラーフィルム)
  • 黒ケント紙
  • アルミホイル

道具類

  • カッター
  • ハサミ
  • 革細工用パンチ(10ミリ径)
  • 工作用ボンド
  • 強力両面テープ

他にコンピュータで展開図を作図した。

画像の説明

画像の説明

製作の手順

  1. 型紙を黒ケント紙に印刷する(黒に黒の印刷でもそこそこ見える)フィルター1個につき,型紙は2枚印刷
  2. 図では円と長方形はくっつけてあるが,切り離す。円は前板と押さえ板になる
  3. のりしろになるように内側の円と外側の間にカッターで切込みを入れる
  4. のりしろの折込は,カッターで軽く筋を入れるとよい
  5. 長方形を円筒に巻く。このときレンズ筒の外径に合わせて少し余裕を持たせる
  6. 円筒に前板をのりしろとボンドでていねいに取り付ける。のりしろは円筒の内側にしたほうが仕上がりがきれいだし,光の回り込みも少ない
  7. 円筒の内側に入れて押さえ板にするための小さめの円も作っておく
  8. アルミホイルで前板を含めて包む。前面から筒の2/3位を包み込んで形を付けて余計な部分を切り取った
  9. 押さえ板を円筒に入れて,押さえ板,前板,アルミホイルを合わせてから,革細工用パンチを当てて金槌で叩いて穴を開ける
  10. 押さえ板は外しておく
  11. フィルターを円筒のサイズよりも数ミリ大きい円に切り取る(必ず余裕を持たせること!すき間ができるとまったく使えないものになるし,太陽光が目やカメラに入るので危険)
  12. 押さえ板に小さく切った両面テープを貼り,フィルターを接着する
  13. 前板裏面にも同様に両面テープを貼る
  14. 注意深くフィルターと押さえ板を円筒に挿入して貼り付ける
  15. フィルターの端は円筒の内側にボンドでくっ付ける
  16. アルミホイルの外側を両面テープを貼った黒ケント紙で巻きつけて接着する

ふう,結構な手間だなあ。

できあがりとチェック

以上の手順を取れば,アルミホイルの遮光も効いていて,紙製とはいえかなりしっかりしたものができる。そしてチェックのためにこれで照明などを見て,暗くて何も見えなければ大丈夫。少しでも光が漏れていたら最初から作り直すべきだ。

画像の説明

カメラで太陽を撮影する方もうまくいったけど,やっぱり双眼鏡で見たほうが黒点がしっかり見えて楽しい。このためだけにでも工作した甲斐があった。

なお,これを双眼鏡につけると,太陽以外はなんにも見えなくて真っ暗なので,太陽を視野に入れるために直接空を見たくなるが,それをやってはいけない。


2012年05月19日 放射線の生物半減期を考える [長年日記]

_ 生物による物質の取り込みと元素の循環

セシウムは周期表のどこに?

すべての生物は日々食物などの形で物質を取り込み,それを代謝によって同化したり異化したりして,排泄物,汗,呼気などによって体外に排出している。今は放射性物質について考えたいので,注目するのは炭水化物とかミネラルといった栄養物質というより,それを作っている元素のほうだ。ここではもっとも影響の大きいセシウム Cs について考えていくことにしよう。

なお,放射性のセシウムで現在問題になっているのは,セシウム137(半減期 30.1年)とセシウム134(半減期 2.06年)の二つだ。特に前者は1世紀かかってやっと 1/10 に減るという減衰の遅さなので,それによる環境汚染は深刻な問題になる。

化学の話にもどると,セシウムという元素は,周期表では一番左側のアルカリ金属の,下の方に位置している。さて周期表では,縦の並び(族)はお互いに化学的な性質が似ていることに注意しよう。つまり,上から Li, Na, K, Rb, Cs といった元素は化学的な性質が似通っている。たとえばどれも $Na^+$みたいな1価の陽イオンとして振舞うところは共通だ。

ただし,人体の中で使われているアルカリ金属元素は少なくて,せいぜい Na(ナトリウム)と K(カリウム)の2種類だけが利用されている。そしてこの2つはかなり異なった役割を持っている。ざっというと,ナトリウムは血液などの体液に多く,カリウムは細胞内に多いと思っていればよい。

セシウムはカリウムと行動をともにする

周期表上の族,つまり縦のグループのメンバー同士は似ている。さらに言えば,近い位置にあるものほどよく似ている。したがってセシウムはナトリウムとカリウムのうち,どっちかというとカリウムによく似ている。そのため,カリウムを食物から取り込むと,セシウムも一緒についていってカリウムが回っていく所にいっしょに入り込む。

じっさいには,生体内でのカリウムとセシウムの振る舞いは多少違っているのだけど,ここではラフに両者は同じ振る舞いをするというモデルを仮定しよう。つまり,食品の中でカリウムとセシウムは混ざって入っていて,その比率そのままで体内に取り込まれると考え,また体からセシウムが出ていく時にも,カリウムと一緒に出ていくとする。

そもそもカリウムはどんなふうに巡っているのか

カリウムはすべての生物にとって必須な元素であり,私たちは主に植物を食べることによって毎日補給している。そして,体内ではほぼ一定の濃度になるように調節が行われていて,余計な分はほとんどが尿に排出される。

下は食品 100 g 中に何 mg のカリウムが含まれているかを示したものである(「五訂増補日本食品標準成分表」による)。たとえば 200 グラムの焼き芋を食べれば,1 グラムほどのカリウムを摂取することになる。こんなふうに,たいていの食べ物にカリウムはかなりたくさん含まれているのだ。

焼き芋 540 さといも水煮 560 もめん豆腐 140 かぼちゃ 840
たまねぎ 150 ピーマン 190 トマト 210 バナナ 360
340 牛・肩ロース 210 豚・肩ロース 320 鶏卵 130

食事のたびに,その中に含まれるカリウムは腸から吸収されていって体のいたるところに届けられる。しかしそれだけでは体内のカリウムの濃度は上がりっぱなしになってしまう。そこで腎臓の調節機能が働いて,余分なカリウムイオンを腎臓から排出されていき,結果として一定の濃度が保たれるようになる。

もしも環境中に放射性のセシウムがあった場合,それはカリウムと混ざって動植物に取り込まれ,それを食べる人の体に入り込むことになる。

さて,セシウムはどんなふうに体の中に滞在して,そして去っていくのかを数理モデルとして定式化したいというのが,ここでの主題である。


_ 生物学的半減期

生物学的半減期の意味

人を含む生物に放射性物質が取り込まれた場合によく使われるパラメータとして,生物学的半減期がある。これは,取り込まれた物質の量が半分に減少するのにかかる時間を意味している。

したがって,この量は別に放射性物質に限った話ではない。たとえば抗生物質を投与したあと,その血中濃度がだんだんに下がっていくといった話でも,ほぼ同じように通用する話である(細かい点では若干異なるのだが,ここでは触れない)。放射性セシウムであろうが安定セシウムであろうが,もちろん同じ生物学的半減期をもつ。ただし,放射性でないと汚染に関係するような微小量は測れないという,実験的な制約はある。

セシウムの生物学的半減期の意味

何度も書いたように,放射性セシウムのイオンはカリウムイオンに紛れ込んで生物体内に入ってきて,生体内をほぼ同じようについて回る。そこで次のようにモデル化してみよう。


_ カリウムに混ざって入ってくるセシウムの数理モデル

汚染の排出は汚れをすすぐように進む

私たちは毎日の食事でかなりの量のカリウムを取り込んでいる。それは体の 中を巡って,生命維持のために大切な働きを行なっている。一方体の中のカリウムの総量はほぼ一定に保たれなければならないので,余計な分は腎臓から排出されていく。ようするに,大きな(実際にはすごく複雑な形の)入れ物の口から水を注ぐと,それがあちこち循環して,どこかの出口から余計な分が出ていくというイメージである。

その中に,あるとき一定量のインクを入れてその後の様子を観察したとしよう。インクの拡散の速さにくらべて水の流入や流出は十分にゆっくりであるとする。そうなるように撹拌しているとしてもよい。つまり,一瞬でインクが拡散して常に全体の濃度は変わらないとするのである。

図にすると下のような具合である。容器の左上から水が少しずつ流れ込んでいて,右下で同じ量だけ流れ出ている。左端の容器の図は,いままさに一定量のインクで水全体が染まったところであり,右端の状態ではほとんど薄まってもとの水に近くなっている。

画像の説明

ここで容器の容積を $V$, 単位時間当たり流入する水の体積を $f$, 最初の瞬間のインクの濃度を $x_0$ としよう。インクの濃度が時間とともにどう変化するかを考えよう。

短い時間 $\Delta t$ の間に流れ込む水の量は $f \Delta t$ である。最初の瞬間から $\Delta t$ 後にインクの濃度はどのようになるだろうか?流れ込んだ水にはインクは含まれず,流れだした $f \Delta t$ だけの水にはインクが含まれているわけだから,次の倍率で希釈されることになる。

\[ \frac{V- f \Delta t}{V}\]

つまり最初の濃度はこの時間の間に次のように変化する。$\Delta t$ は短いので,ほんのわずか薄まるわけだ。

\[ x_0 \rightarrow \frac{V- f \Delta t}{V} x_0 \]

これを繰り返すとどうなるだろうか。薄まる割合はずっと同じなので, 単純に次のようになる。

\[ x_0 \rightarrow \frac{V- f \Delta t}{V} x_0 \rightarrow (\frac{V- f \Delta t}{V})^2 x_0 \cdots \rightarrow (\frac{V- f \Delta t}{V})^n x_0 \]

これはいわば雑巾をすすぐのに,少量の水を付けては絞るということを繰り返すといった操作になっている。 ここで$n$ を無限大になるところまで延々と繰り返せば,インクの汚れはゼロになっていくというふうに読める。

しかしそれだけではつまらないので,もう少し定量的にシミュレーションを行なってみよう。

実は放射線の減衰と同じモデルになる

もう一度次の式を考えよう。

\[ x_0 \rightarrow \frac{V- f \Delta t}{V} x_0 \]

これを変形すると次のようになる。

\[ x_0 \rightarrow x_0 - \frac{f}{V} x_0 \Delta t\]

実はこれ,すでに見たことのある形をしている。放射線の減衰の式だ。

\[ x_0 \rightarrow x_0 - \lambda x_0 \Delta t\]

なんのことはない。これは放射性物質が減衰しているときの形そのもので, $\lambda$ が $f/V$ に置き換わったに過ぎない。

したがってまったく同じプログラムを使って,ただし,

 lambda = flow / volume

とでも lambda を定義する行を設けてやればよい。ここで これまでの説明の $V, f$ をそれぞれ volume, flow に直した。プログラム中で1文字の変数を使うことは, ループ変数や使い捨ての作業変数を除いては,ソースの 保守性を悪くするので避けたほうがよいからである(一方,数式中における変数は 1文字が原則だ)。

結果をいくつかの $\frac{f}{V}$ の値についてプロットしてみたのが次の図だ。

画像の説明

これから半減期を求めることができる(数学的にきちんとやることはもちろんできるが)。

さて,結局生物学的半減期とは何なんだろうか?それは体内に取り込まれた物質が薄まるときに指数関数的な減衰を示す。その半減期のことを生物学的半減期と言うのである。


2012年05月20日 EMによる放射線対策のまやかし [長年日記]

_ 福島県農水部からのレポート公表

「農用地等における「民間等提案型放射性物質除去・低減技術実証試験事業」 試験結果について(第2報)」という長い題名のついた報告が,福島県農林水産部から5月17日付で公表された。結果の文書 詳細版

この報告は,放射性物質の影響を低減するための技術を民間から募って,その効果を実際に検証した,その結果を記したものだ。 具体的には,提案されたいろいろな資材を放射性セシウムで汚染された土に添加した上でコマツナを育ててみて,その効果を見ようというものである。

福島の農業復興のあしかせになっているのは,いうまでもなく放射性セシウム137 による広範囲の農用地汚染である。人が住める程度の放射線量の場所であっても,その農地でとれた作物にセシウム137が移行すると,基準を超えるレベルの線量が現れてしまうような現状の中で,なんとかしてより安全な作物を育てられないかという試みが必要なことはいうまでもない。これは現地の人にとって切実で緊急性の高い課題であって,とにかく効果があるかもしれない色々なアイディアを検証していこうということだ。

レポートの概要

行われた試験では,つぎの3種類の資材が試されている。ここに示した表にある 「EMオーガアグリシステム標準堆肥」,「微粉ハイポネックス」,「囲炉裏(いろり)灰」の3つだ。残りのうち「対照 塩化カリウム」は,セシウムの吸収を抑制することが分かっている単純なカリウム化合物を対照(コントロールともいう)としたもの,「無処理」はその土のみで栽培することで,効果のあるなしの判定のための基準としたものである。

なお,セシウムはカリウムとよく似た化学的な性質を持つために,土にカリウム化合物を加えておくことで放射性セシウムの吸収が妨げられることは,よく知られている。

画像の説明

ここで表に赤線を施したのは「EMオーガアグリシステム標準たい肥」(以後「EMたい肥」と略記する)というたい肥だ。 もうひとつ心に留めておきたいのは右端の青で囲ったところで, カリウム成分としてどの程度の量を施したのかが酸化カリウムの質量に換算して,示されている。10a = 1000平米なので,数字は1平米あたり何キログラムを放り込んでいるかと考えてもらうと実感がわくだろう。

この表では,EMたい肥は他の2つと比べて莫大な量を畑に放り込んでいることに注目しておこう。


結果を見る

試験の結果を見てみよう。細かいデータの吟味は報告を読んでいただくこととして,得られた資材ごとの移行係数をグラフにしたものを見ると,下図のようになっている。

この表に移行係数とあるのは,次のようにして求められた値である。

\[ 移行係数 = \frac{植物体(可食部)の放射性セシウム濃度}{土壌中の放射性セシウム濃度} \]

つまり移行係数が小さいほど作物にセシウムが移りにくいことを示していて,農作物については望ましいということになる。

画像の説明

比較すべきは,3つの資材,および対照として使った純粋の塩化カリウムによって,無処理のときに作物に吸収された放射性セシウムの移行係数が どの程度減ったかということである。たとえば,対照の場合には無処理よりも 移行係数が$0.0060 - 0.0023 = 0.0037$ だけ減少している。

これらを表にして,さらに上の表からとったカリウムの施肥量も加えて結果を比較しやすくしてみると,次のようになる。

資材 移行係数の減少 カリウム施肥量(g/m$^2$)
EMたい肥 0.0053 194.5
微粉ハイポネックス 0.0046 43.5
囲炉裏(いろり)灰0.0055 81.0
対照0.0037 43.8

結果はつぎのように読める。

  • 移行係数の減少は,カリウムの施肥量が多いほど顕著である。
  • EMたい肥による移行係数の減少は対照と比較してかなり大きいが,施肥量が4.4倍もあるので,より効果が高いとは言い難い。むしろ低いかもしれないという程度である。
  • 微粉ハイポネックスは対照と比較して施肥量が同程度であるが,移行係数には若干の改善がみられる
  • EMたい肥による移行係数の減少は囲炉裏灰とほぼ同等であるが,そのためのカリウムの施肥量は囲炉裏灰の 2.4倍を要する。

なお,効果の評価を細かく解釈することは難しい。植物によるカリウム取り込みの「ついでに」セシウムが取り込まれる様子については,沢山の研究がなされているが,それについて言及することは,ここでの議論に必要ではない。

この報告については端的に言って,カリウムを肥料として多く施すほどセシウムの取り込みは抑制されるという定性的な結論が得られた,という程度に読むのが適切だとおもわれる。EMたい肥についてはむしろ効率は悪いとも言えるだろう。

_ 「EM情報室」は何を書いているか

翌日に宣伝ページが現れた

この「EMオーガアグリシステム標準たい肥」を検査に提供したEM情報室は,県の報告が公表された翌日にさっそく次のようなページを開いた。

http://www.ecopure.info/topics/topics_082.html

タイトルには堂々と,「EM情報室 WEBエコ・ピュア トピックス 速報 EMオーガアグリシステムによる農産物への放射性セシウムの移行抑制効果を実証 福島県農林水産部が成果を発表」とうたっている。

都合の悪いデータは載せていない

そのページを見ると,福島県農水部が公表したグラフと似たものが掲載されている。よその画像をそのまま載せるのは著作権の問題もあるので,そっくりのものを県のデータを加工して作ったのが下の図である。

画像の説明

これを見ると,大事なことが欠けている。つまり,前日に県が発表したグラフのうち,自分のところのEMたい肥と対照の塩化カリウムのデータだけを表示し,若干とはいえ自分のところよりも成績が良かった囲炉裏灰のデータはない。また対照よりも若干成績がよかった微粉ハイポネックスのデータも見当たらない。

これについては,この記事を書いてから人に指摘をいただいて,県が個別の事例についてまとめた文書も公開しているという事実が分かった。民間等提案型放射性物質除去・低減技術実証試験事業成績書(EMオーガアグリシステム標準たい肥) である。その資料には,微粉ハイポネックスと囲炉裏灰のデータはない。その事情が分かったので,以下の文章には当初の記事から若干の訂正を加えてある。ご了解いただきたい。ただし,全体の文脈と結論は変わらない。

彼らにしてみれば,自分たちの資材の優秀性をアピールするには他の事例と比較する必要はないということかもしれない。しかし県が他の資材についても試験を行った結果も見ないで結論を出すことは,公的な機関による試験の公開の仕方としては失格である。ましてや自分たちよりもすぐれた結果を出しているケースがあるのだ。

条件の違いを無視した結論

さらに彼らの記述を見ると,重大なごまかしともいえる部分がある。 件のEM情報室のサイトには,次のような記述がある。

コマツナ収穫後の土壌中の交換性カリウム含量は、EM区、塩化カリ区、無処理区の順で多く、コマツナの放射性セシウム濃度の減少と同様の傾向が見られた。

県農水部の発表をちゃんと見た人なら,この言い分がまったくおかしいことはすぐに分かるだろう。つまり,EMたい肥は確かに対照の塩化カリウムよりも低い移行係数を示していて,その限りでは上記の内容が正しいことになる。ところがすでに指摘したように,EMたい肥は塩化カリウムの4倍以上も施しているのである。仮に同程度の効力を両者が持っていたとしても,より有効に見える結果が得られて当然なのであって,これではまったく意味のない結論なのだ。

アンフェアな比較をするべきではない

EMたい肥を作物へのセシウム吸収に使うことは,他の肥料のカリウムによる効果以上のものはないことが,福島県農水部の報告から読み取れるにもかかわらす,EM情報室はそこから重要な事実を引用せずに自分たちに都合のよい宣伝をしていることになる。

  • 他の2つの資材についての結果を載せていない
  • 実験条件でもっとも重要な施肥量についてまったく触れていない

これはあきらかにアンフェアな宣伝の仕方である。学術論文や技術報告であれば,自分たちの試料によるデータ以外に,先行する研究の結果や比較のための他のデータをなるべく多く参照して,公正な議論を行うものだが,それをやらずに,むしろ当然比較すべきものを欠落させている。

さらに実験条件という,研究の核心に関わる部分についてデータを欠落させて,あたかも塩化カリウムよりも自分たちのEMたい肥の方が優秀であるかのように書いているのである。

上記のふたつは,もしも学術論文であれば審査でリジェクトされるだけの欠陥であり,万一故意に都合の悪いデータを載せていないと言うことになれば学術的にはスキャンダルになる可能性すらある。それだけの重大な欠落を生じさせておいて,EMたい肥の「優秀性」を宣伝するのは,社会的信用を落とすものとしか考えられない。

放射能の除染や汚染対策のためのEMたい肥の効果には疑問がある

EMたい肥というのは,ある種の「有用な」微生物群をたい肥の発酵に使ったもので,有機農法などでは人気があるようだ。もちろんそれが悪いというつもりはない。ただし効果に疑問を呈する研究と見解が日本土壌学会から出されていることも事実であり,データの検証の仕方も甘いという指摘もされている。ともあれ,その論争は学問と実践の上できちんとやっていくべきものである。

しかし,昨年来の放射性セシウムの除染や汚染対策について EMたい肥がなんらかの効果を持つと考えるのは無理がある。 植物によるセシウムイオンの吸収の抑制は,よく似たアルカリ金属であるカリウムのイオンを植物が肥料の必須成分として取り込むことに由来するものだ。 そのときよく似たセシウムイオンも「間違って」取り込まれる。

だから,カリウムイオンの濃度を上げておけば,セシウムはその分取り込まれにくくなる。 簡単にいえばそういうメカニズムによってセシウムの取り込みは押さえ込まれる。そのメカニズムに対してEMの特別な効果があることを,EM情報室は主張したいのであろうが,それは自明な話ではなくデータできちんと検証しなければならないことである。

その検証は,しかしながら上に書いたようにずさんなものである。実際に県のデータを見る限り,それよりも優れた効果を示す資材もあるのだ。とはいえ,それらは五十歩百歩であって,「なかなかうまい話はないなあ」というのが,ため息混じりで思うことであるのだが,いずれにせよEMの優位性はまったく県の結果からは示されていない。データを都合よく取捨選択しておいて,「うちのはセシウムの吸収を抑制する効果が他より強い」などと主張するのはおかしいのだ。

肥料なら肥料の効果で勝負すべき

肥料の効果というのは,本来作物を強健に収量多くかつ食味よく育てることにあるのであって,EMがその点で優秀だという主張をしたいのであれば,農学や農作関係者の間でやればいいことである。セシウム対策などというものが肥料の有効性の項目になること自体,かなり変な話なのだ。

一方,農地の放射能対策ということでは,多くの試みがなされているものの,残念ながら切り札は今のところ見つかっていないようだ。その中で,データを隠してまでして自分の製品の優位性を主張することはよくない。今はダメなものには早めに見切りをつけて,別の可能性を探り続けなければならない緊急な時期なのだ。それが農業者を支援する上で大切なことは明らかではないか。

最後に,EM情報室の記事を読んで,遺憾の思いを免れないことがある。それは福島大学の副学長が共同研究者として写真入りで登場していること,また山形大学との共同研究に言及があることだ。そうであるならば,彼ら大学の研究者たちは学問の王道にのっとって,データの厳しい吟味を行ない,誤った結論を引き出すようなことを拒否すべきではないか。