端午の節句

 明るいうちのお風呂はきもちがいい。ざぶんざぶんと体をゆする。
ショウブの香りがいっぱいに広がって、鼻の中をつーんと青い風が
突き抜けるようだ。先に出たにいちゃんの歌う声が聞こえてくる。

 昼すぎ、庭の小さな池に生えているショウブの葉をばあちゃんと
採ってきた。鯉のぼりを見上げて、
「じいちゃんがあんたたちに残してくれやった鯉のぼりじゃっとよ。
 だんだん傷んできよったねえ」
とつぶやきながら、ばあちゃんは勢いのいい葉を惜しげもなく刈り
取った。ぼくはもう日の高いうちからポンプで水を汲んで、風呂に
たきぎをくべたのだった。

 風呂から上がってあつあつのアジのから揚げで夕食をすませると、
とうちゃんは自転車に乗って近所の床屋に碁を打ちに出かけた。ぼ
くはにいちゃんと座敷に座って新聞紙でかぶとを折ることにした。
おととし、ばあちゃんが教えてくれたのだ。床の間でかぶとの掛け
軸や鍾馗さまの人形がいばっている。かぶとをかぶったら勇ましい
気分がもりあがってきた。チャンバラだ!
 はずみでぼくのふり下ろした二尺物差しがにいちゃんの耳に当た
った。「いてっ…」にいちゃんは耳を押さえてくちびるをかんでい
たが、新聞紙を丸めた刀でぼくの頭をいきなりひっぱたいた。思わ
ぬ反撃にぼくは怒った。ふいうちはひきょうだぞ、にいちゃん。

「このやろう!」
「こら、たいがいにやめやいよ」

かあちゃんが居間で立ち上がった。と、食卓で縫い物をしていたば
あちゃんがとつぜん叫んだ。

「やめんさい。ヒロシ、モイチ!」

 ぼくらは急にぽかんとしてチャンバラをやめた。二人ともそんな
名前じゃない。

「ばあちゃん何ゆうちょっと。ヒロシ兄さんもモイチ兄さん
 も南方で死んみゃったとじゃがね」

つまらせた声でかあちゃんが言った。ばあちゃんははっとなってぼ
くらを見つめ、へんな笑顔をつくった。

「そげんじゃったねえ。今日はあんまり気持ちんよか日じゃった
 けん、なんもかんも忘れちょったがね」

ばあちゃんはぼくらの肩に手を置いた。くちびるがふるえていた。

「あんたたちを見とったらヒロシとモイチの小さかかった頃にもど
ったような気がしてしもたとよ。あの世からおじさんたちが守って
くれなさるけん、あんたたちはしあわせじゃがねえ」

抱きしめたばあちゃんの腕の中で、ぼくもにいちゃんもなんだかも
の悲しい気持ちになって、ただ立っていたのだった。
1997.9.20