化女沼

 井上ひさしの初期の名作戯曲「薮原検校」は、東北の農村で生まれた
盲目の男の、権力の座への成り上がりから陰惨な最期までを描く。家々
を訪ね、三味線を弾きながら唄って金を乞う門付は、かつては幕府によ
って公許された身分であり、最高位は検校として権勢と栄華をほしいま
まにできたのである。不具に生まれた主人公は、自分を憐れんで面倒を
見てくれた親方を殺し、仲間を裏切りながらついに薮原検校の名を簒
(うば)うところまで登りつめるが、そこでどんでん返しの結末のなか、
陰陰滅滅たる門付の合唱とともに極刑の姿を晒して幕が降りる。

 検校あるいは子どもからは検校さんと呼ばれた門付は、実態は乞食と
同様であっても、幕府の御墨付きの下で物乞いをするのであるから、有
り難くない訪問者であった。なかんずく飢饉の東北では、そうでなくて
も食えなくて娘を売りに出したり、嬰児を川に投げ込んで棄てたりとい
う状況が幾度となく繰り返されたのである。飢饉が続くと不具者も増え
てそれは門付になっていったりする。その極貧が極貧に物を乞うのだ。
しかも門付は天下御免の鑑札持ちで講を組んで歩いている。物乞いを断
れば集団でその家を囲んで嫌がらせの大読経。これが疎まれないわけは
ない。

 窮した百姓たちは時として反撃に出た。もちろん殺すのである。自分
たちが飢え死にするかどうかの瀬戸際である。ひと把みの雑穀を向こう
に渡せば家の誰かが死ぬかも知れぬのだ。都合がよいことに、いくら強
引とはいえ相手は盲目。
 村はずれの沼のほとりへと丁重な言葉で案内された門付たちは、暖か
い粥を振る舞われるはずの小屋のはずが、寒風ふきすさぶ沼の端の崖の
上へと。怪しんだ時にはすでに遅く、薄氷の張った水面へと次々に突き
落とされていった。今はの際に聞こえた百姓たちの念仏は、門付たちの
成仏には役立つわけもなかったであろう。

 東北各地に、「検校池」、「金魚沼」などという名称の池や沼がいく
つもある。それらは悲しい過去の歴史を秘めた名前なのである。「金魚」
はいうまでもなく「けんぎょう」が転じたもの。東北の言葉では「き」
と「け」は転じやすく、また「ぎ」は「じ」(正確には「ぢ」)に転ず
る。音便の「ん」は本来の撥音の「ん」と常に混同されて消えたり現れ
たりする。そうしてみれば、「けんぎょうぬま」が「きんぎょぬま」や
「けじょぬま」に転ずるのはいとも容易。

 今は過去の歴史を拭いさろうとしてか、「化女沼」の由来を「化粧沼」
からの転なりと記した立て札がほとりに立ち、ささやかな遊具のまわり
で、近所の家族が休日を過ごすこの沼。子どもたちの話す言葉は、この
地方の古い抑揚や音韻を失い始め、悲しい説明も、もう理解できないか
も知れぬ。



1995.12