権現さま

 山道を登ってやっとこさたどり着いた鳥居には、秋風が立っていた。スス
キが揺れ、鰯雲の下に霧島の峰々があった。まずは本殿に行き、手水を使っ
てから鈴を鳴らした。といってもにいちゃんと一緒に紐をつかんで、ぶら下
がらんばかりに振ったもんだから、脇で拝んでいたばあちゃんにいきなり首
を掴まれた。

「何しちょっと。のんのんさまに怒らるるがね」

 それだけ言うとばあちゃんは柏手を打って、また口の中でぶつぶつ呟いた。
おとなしく拝んでいた悦子が訊いた。

「ばあちゃん、何拝んだの?」

「あんたたちが元気で大きくなるようにじゃがね。さ、今度は蛇神さまを見
にいこうかね」

 峠の脇の権現さまには、お稲荷さまだとか道の神さまだとか、沢山の神さ
まがそれぞれの祠に祭られていた。ことに岩の割れ目にひそんで外をにらん
でいる白蛇さまをこわごわ覗くときばかりは、御神体ということで、僕たち
も神妙に手を合わせたのだ。

 帰りは尾根のお地蔵さまを回っていくことになる。拝んでから祠の向かい
の斜面で弁当を食べるのがみんなの楽しみだ。悦子はまだ幼くて食べるのが
遅かったので、さっさと食べ終えた僕たちは草の上を転げまわって遊んでい
た。突然、悦子が叫んだ。

「のんのんさんが笑うたよ!」

 お地蔵さまの顔に傾きかけた日差しが不思議な陰翳を投げている。泣いて
いるようにも見えたのだ。次の瞬間、峠を雲の影が走った。表情がまた変わ
った。

「笑うた!」

 にいちゃんも僕も一緒に叫んだ。荷物を片付けていたばあちゃんも、うれ
しそうに立ち上がって手を合わせた。

1995.9