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【小波の京女日記】


2014年07月15日 喫茶店の話など [長年日記]

_ カフェ・プロコプ

パリのカフェ・プロコプ(Café Procope)は17世紀以来の最も古い歴史を持つカフェである。百科全書派のヴォルテール,ディドロ,革命の志士のロベスピエール,ダントン,マラー,浮き名を流した女流作家のジョルジュ・サンド,その他綺羅星のごとき訪問者が連綿と続いた由緒ある場所。単に由緒を誇るだけなら化石にでもできようが,常に時代の革新の先頭であり続けたことが名門の誇りなのだ。

仙台のプロコプは,その名に憧れて現在の経営者が起こした喫茶店である。入り口のドアを開けて左手にはグランドピアノが置かれたほの暗い空間が,右手には外光の差し込む明るい小部屋がある。小さいながらも調度と装飾(あえてインテリアなどとは言うまい)には品格のあるものしかない。壁にはビュッフェ,サン=ローラン,フジタの絵が掛かり,その向こうにはパリの下町の路地があるのではないかという錯覚さえ起きる。

 コーヒーはとうぜんのことながら深煎りのヨーロッパ風で,全国でもこの味を出せるところは少ない。この街にはプロコプから出て自家焙煎を始めたひとたちの店がいくつかあり,質の高い深煎りコーヒーの街の名をあげているのだが,弟子たちは今もってプロコプの味を再現できていない。温度を上げずに時間をかけて焙煎したと思われる味の深さで,コーヒーのオイルの風味と微妙な甘さがしっかりとした苦みを包み込んでいる。何も考えずブレンドを注文すればそのことは分かるはず。分けてもらった豆の袋を持ち帰って開けると,すぐにプロコプのものであることを香りで知り,同時に店の薄暗い空間までもが思い出されるほどだ。

 ちなみにこんなふうにたちどころに店がわかるコーヒーは,京都は出町柳のカミヤ珈琲でも出していたのだが,長年にわたって店頭で珈琲を煎り続けていた店主が亡くなって今は途絶えた。おそらく珈琲のかおりというものには,使い込まれた道具に染み付いたそれも加わっているのであろう。伝統のある味は簡単には作れない。

 さて,一杯ずつネルドリップを使ってていねいにいれられたカップをとって口に運べば,一瞬「ぬるい」と思う人がいるかも知れない。しかし,口の中に広がる香りとコクはなるほどこの温度でないと最高の丸みを帯びないことがすぐに納得できる。  「琥珀の女王」という水出しコーヒーも試してほしい。一晩かけて抽出されてワイングラスにつがれ,うすくクリームを浮かせた女王の液体は,やはり無理に冷やされておらずに室温のまま。控えめな甘みが付けられており,舌触りはやわらかさを帯びてその名にふさわしい。特別の豆を使っているのではない。ふつうのブレンドの豆をそのままという店主の説明である。全国にダッチコーヒーを出す店はあるものの,ここの味を知っていると不満を覚えないことがない。とびきり上質のものを知ることは,時に不幸なこともある。