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【小波の京女日記】


2013年02月28日 確率と「つき」 [長年日記]

_ 確率と「つき」

確率・統計の名著

岩波書店から出ている薩摩順吉著『確率・統計』は理工系の数学入門コースというシリーズの1巻で,古典統計についての分かりやすい入門書になっている.数学的な説明の大事なところはきちんと書いてあって,今どきの統計の教科書によくあるハウツー本みたいなものとはひと味ちがう.

10年ちょっと前,大学で文系学生のために確率統計を教えることになった.何冊もの本を集めて読みながら自分のカリキュラムを構成した,その中でもっとも頼りになったのがこの本だ.

多変量解析やその他の現代的な統計学については触れられていないのだが,この本でしっかり勉強しておけば,もっと進んだ統計手法を学ぶ上でもよい基礎になると思う.

ちょっとあれなところ

こんなふうにべたぼめしちゃうわけだが,大体そんな書き方をするのはその後で落とす前振りというのが話しの持って行き方の常套手段なわけだね.ご期待通りここで話は転じる.ちょっとあれなところがコラムにあるのだ.

「ゲームにおける『つき』の確率」と題されたコラム,とりあえず引用してみる.

ゲームをよくやる人なら「つき」を身をもって経験したことがあるに違いない.ついているときにはおもしろいほど勝負に勝ち,ついていないときにはいくら頑張っても負ける.

このような「つき」を確率/統計の立場で説明することができる.ランダムウォークの項でのべたように,確率1/2で動き回っているとき,平均値のまわりをうろうろしているよりも,どちらかの側に片よっていることの方がよく起こるのである.たとえば,麻雀のように4人でやるゲームを考えてみる.

とあって,3回以上続けて1位になることや,3回以上続けて最下位になることは意外にひんぱんに起きているということを,著者は述べている.もちろん,これはその通り.

笑ったのはその次だ.

したがって,ゲームをする場合,勝っているときは,その調子をくずさないようにし,負けているときは,じっとこらえて負けを最小限に食い止めるような姿勢をもつことが肝要である.

ううむ,それは先生ちがうでしょう.前置きでは確率的にランダムに勝ち負けが決まっているときにでも,「つき」とか「スランプ」が起きてしまうことをお書きになっているわけで,その意味ではまったく同意.というか,確率を学ぶと,そういう「波」とか「いきおい」みたいなものが,結果論として出現することを理解できる.

博打に努力は無駄なのだ

しかしその場合,「つき」を維持する方策はないし,「スランプ」をこらえる方策はない.いくらつきまくっていても,一寸先はけっして予測できないし,いくら負け続けていても次で勝つかもしれないし負けるかもしれない.過去がどうであろうと次の一手はまっさらの賽の目バクチである.それだからこそ,「つき」や「スランプ」に見える「ゆらぎ」が発生するわけだ.

つまりは,少なくとも確率的に勝敗がきまるゲームについては,何の努力もまったく意味はない.運に翻弄されるしかないのだ.ノリノリでいこうがこらえようが,そんなことにはお構いなく運命の女神は淡々とサイコロを振ってくれているのである.

というか,薩摩先生は「調子をくずさないようにする」って,具体的には何をなさっていたか,あるいは「じっとこらえ」るって,どういうふうに振舞っておられたのか,いったいどうなのだろうか.およそギャンブルでは,負けたら元を取り戻そうとしてさらにつぎ込むという行動が,身を持ち崩す最悪のパターンなんだけどなあ.