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【小波の京女日記】


2013年01月28日 桑田真澄氏の本を読む [長年日記]

_ 桑田真澄著『野球を学問する』

先日来,マスコミやネットで問題になっている学校の運動部における体罰の是非について,新聞やテレビが元プロ野球選手で名ピッチャーだった桑田真澄氏のコメントを紹介していた.それについてはすでに書いたのだが,桑田氏の紹介の中に気になる著書があったので,買って読んでみた.

体罰に対する桑田氏の基本的な姿勢

すでにマスメディアで紹介されているように,桑田氏は体罰については認めないということを一貫して発言している.前にも引用したが,次の言葉に彼の指導のありかたが表れている.「例えば、野球で三振した子を殴って叱ると、次の打席はどうすると思いますか? 何とかしてバットにボールを当てようと、スイングが縮こまります。それでは、正しい打撃を覚えられません。『タイミングが合ってないよ。どうすればいいか、次の打席まで他の選手のプレーを見て勉強してごらん』。そんなきっかけを与えてやるのが、本当の指導です。」

要するに,ぶん殴って萎縮させたら選手は新しい工夫を自分でやったりはしない.指導者の言うことを守る以外のことは思いつかないのだ.自分で考えて工夫しないで何事も上達はしない.こんな分かりやすい理屈はない.

もっとも,それでも体罰が必要だという意見は根強くあるようだ.しかしそれをよく見ると,子どもたちが悪ふざけしたり怠けたりしているときに「活を入れる」ために殴るなら許されるだろうということが,一歩ひいた論拠になっているようで,さすがに負けたら殴るということまで正当化する意見は珍しい.

とはいえ,子どもたちが騒いで規律が保てないから体罰を使ってもよいというのは,教育者として幾重にも敗北を宣言しているようなものである.まず,人間としての気迫を持ち合わせていない.人の心理を掴んだ応対ができない.指導の技術や工夫がなっていない.そもそも我慢できない性分で,すぐに手が出るような愚かな教師である.人間的に,また能力において問題のある教師が子どもを殴るのだ.教師は子どもを殴った時点で敗北しているのだ.

桑田氏も,暴力ではなく理性こそが人を育てるのだという確固とした信念をもって活動している人であるようだ.その信念が何に根ざすものなのか.著書には,かれの少年時代からの経験と,そして野球を引退して早稲田の大学院で研究した内容が紹介されている.

少年時代の経験から

桑田氏は小学生の時から野球チームに所属してその才能を発揮していた.小学校3年の時に6年生のチームに入るほどだったという.しかしその結果として,道具運びやグランド整備はぜんぶ彼にひとりに押し付けられた.さらにはひどいいじめも受けていた.一方では学校の勉強もまったく駄目だったために,10歳を前にして挫折し,友だちと喧嘩をする毎日を送っていたと,彼は正直に告白している.

幸いにして小学5年生で別の野球チームに入って野球に取り組むことになったが,それでも監督やコーチからのいじめはひどかったという.その後中学でも学校の野球部に入ることになり,中3では大阪府の大会を全部制覇するという成績を残した.とはいえ,そこでもいびつな学校と監督の指導を体験する.

高校進学にあたり,桑田氏は小さい頃からのあこがれだった PL 学園を志望する.中二のときにすでに学校から特待生として誘われてもいたということだ.しかし,それを中学側が妨害した.

野球で名を売りたい高校はいくらもあるのだが,そういうところから中学野球のスター選手桑田に対していろいろな勧誘があった.そのこと自体はとくに問題はない.その勧誘が中学の教師を使ってきわめてアンフェアな形で行われたのである.「桑田をうちに入れてくれたら,他の野球部員もまとめて入学させてやる」という勧誘まで来たというのだ.その全く論外な勧誘を,中学側は教育的配慮などそっちのけにして,かれの教師が桑田氏の説得にかかった.

"ぼくが行けば,うちの中学の他の野球部員も全員まとめて取ってやる,というような高校もありました.PLの野球部は,全国から20人ほどしか取らないので,おまけの生徒を取る余裕はありません.でも,ぼくはPLに行くのが夢だった.

"先生からは「お前は友情がないのか」と言われました.最終的には「勉強のレベルも高く,野球も強いから,ここでどうだ?」と,ある高校を提示されました.そこはぼくが行けば,他に5人取ってくれるんだということでした.

結局,学校側は彼の希望を頑として拒み続けて,他の高校への進学を強要した.そしてついに桑田氏は中学3年の3学期になって,父親に頼んで隣の中学に転校させてもらい,ようやく念願のPL学園に進むことが出来た. そして,清原和博選手とともに高校野球の歴史に残る時代を築いたことは周知のとおりである.

しかし高校でも,理不尽ないじめはなかったものの,「絶対に水を飲むな」といった理不尽な根性主義がはびこっており,彼は水洗便所の水をこっそり飲むということまでしたのだそうである.

飛田穂洲の本との出会い

桑田氏はプロ入りしてから肘を痛めて,投手のもっとも大事な肘の手術を受けて2年に及ぶブランクを経験することになった.その時に出会ったのが,戦前の大学野球の普及において,選手,指導者,そして新聞記者として活動し,指導的な論客となった飛田穂洲(すいしゅう)の本である.飛田は「野球道」を提唱した人で,その評論は戦後に至るまで野球界の「教本」として扱われるようになっていたのである.

桑田氏の要約によれば,飛田の野球道は「練習量の重視」,「精神の鍛錬」,「絶対服従」が柱になる.桑田氏はそれを批判的に受け止めた.人格形成や教育における効果は一定あるものの,非効率的,非合理的練習が蔓延し,選手の思考停止,指導者への依存心という弊害を指摘できると彼は言う(まったくそのとおりである).

ただし,「絶対服従」を飛田自身が強く求めたということはなく,むしろ当時の軍国主義の中で,その要素が強められていった.さらに言うと,「敵性スポーツ」とされて軍部から野球が弾圧されバッシングを受ける中で,「死の練習,国家愛,一致団結一丸となって敵に当たるの心意気,喜んで国難に殉ず」といった表現で,野球をなんとか守ろうとしたのだという解釈を,桑田氏は与えている.桑田氏が批判にあたって,状況も踏まえたフェアな目をもっていることには注目したい.

対談の中では,この桑田氏の後を受けて,指導教員として早稲田の大学院での修士論文の世話にあたった平田竹男教授が,次のように語っていることが印象深い.

" 戦時下であったからこそ生まれた飛田の野球道が,現在の平和な日本でも生き続けていることが問題なんですね.世界は変わったのに,野球は戦時中のまま変わらないでいる.そういう意味では,野球には,まだ戦後民主主義が訪れていないということですね.

飛田穂洲からの止揚としての野球論

桑田氏は現役を退いた後,早稲田の大学院に入学し,そこで自分の野球理論を打ち立てようと努力を傾けた.それが修士論文となって結実した.その内容が本書に紹介されている.その中の飛田穂洲に関する桑田氏の評価がとても深い.

すでに紹介した飛田の野球道を,彼は新しい時代の野球のあり方へと再定義した.まず「練習量の重視」は「練習の質の重視(サイエンス)」へ,「絶対服従」は「尊重(リスペクト)」と置き換えたのだ.

これはまさに,戦前の非科学的な精神主義と従属的な人間関係から野球を解き放って,合理的,科学的で,そして民主的な人間関係の中で発展させていこうという姿勢だ.飛田理論の見事な反転であり,高みへと止揚させたと言っても言い過ぎではないだろう.

そして,「精神の鍛錬」.この言葉については,現代のスポーツ関係者でも,そのまま無批判に受け入れている人が多いにちがいないのだが,桑田氏はこれも現代にもっとふさわしい概念へと脱却を図った.

この部分について,彼自身大変な苦心をして考えぬいたという.そしてたどり着いたのが「心の調和(バランス)」という言葉だった.その内容としてはさらに,「野球・勉強・遊びでの精神鍛錬」があり,また「自律精神の修養」,「バランスの取れた人間へ」と具体的なイメージが付け足される.

そして,飛田の言説の中心である「野球道」も,彼は新しく生まれ変わらせ「スポーツマンシップ」を3つの柱の中心として据え直すのだ.

これだけの理想を,すべてのスポーツ指導者が持つことが出来たら,いじめや体罰に象徴される日本のスポーツ界のいびつな姿は,あっという間に一掃されるだろうにちがいない.国のスポーツ教育の理念にすえてもよい.

野球関係者からのアンケート

修士論文の制作にあたり,桑田氏はプロ野球の一軍と二軍の全チームの選手270人,そして東京六大学野球の選手を対象にしたアンケートを実施した.このことだけでも,社会調査に関わった人なら短時日で簡単にできるものではないことが分かる大変なことなのだが,プロ野球選手会が全面的に協力し,大学には事務局長に依頼するという,さすがに名選手の名をもつ彼にしてできた「偉業」といえる.もちろん興味深いのはその結果だ.

練習時間について
  • 中学での平日の練習時間: 2.9 時間
  • 高校での平日の練習時間: 4.5 時間
  • 中学での日曜の練習時間: 5.8 時間
  • 高校での日曜の練習時間: 7.3 時間
  • 高校で休日に9時間以上練習していた人: 70人
当時の練習時間は長かったか
  • 中学:25%
  • 高校:47%

上記のクロス集計で相関をとると,高校で6時間以上7時間の練習をしていた人はほとんど「長かった」とは思っていない.おどろくべきことに,これが常識なのだ.

指導者から体罰を受けたことがあるか(はい)
  • 中学:45%
  • 高校:46%
先輩から体罰を受けたことがあるか(はい)
  • 中学:36%
  • 高校:51%
体罰は必要である+時には必要である
  • 中高とも: 83%

これらの結果はとても貴重だ.まず,中学と高校で野球をやっている少年たちは,ほとんど勉強なんかしていない.それどころか自分の自由時間すら持っていないはずだ.これではまるで大切な少年時代に,バカ製造機に突っ込んでいるようなものではないか.教育関係者たちは,これが恐るべき社会的損失だと思わないのだろうか.全く信じられない話しである.

体罰についてはどうか.私が驚いたのは,自分が体罰を受けていなくとも必要だと答えた人がかなりの割合いることである.つまりせいぜい半分しか体罰を受けた人はいないのに,一方で大半の人が必要だと答えているのだ.このギャップはどういうことなのだろうか?

このことは,体罰が必要というドグマを無批判に周りから取り込んでしまった結果のように思えるのだ.自分が体罰を受けてそれが役に立ったというのであれば,そんなギャップは生まれそうもない.他人の体罰を見て,「あれは必要だ」という感覚は,私にはとても理解できない.

今の日本では,「正直いって運動部では体罰って仕方ないんじゃないか?」という人がそれなりにいるのだ.「体罰は禁止」といくら文科省が言ってみても,それが「きれいごと」であり「建前」であると思っている人が,教育関係者にさえいくらもいることが,最近の報道を見ていると難なく想像できる.

じゃあそういう人は自分が体罰を受けることで,まともになったという経験を持っているのだろうか?ちがう.体罰を容認する人は,「けしからんあいつらを矯正するには体罰が必要だ」と思っているのであって,罰の対象はあくまで他人なのだ.他人に対する処罰をやたらに主張する声が高いことは,今どきの日本における凄まじい非寛容の風景ではないか.体罰を自分は受けていないのに,他人への体罰を許容するという,そういう日本人のありようが,はからずもスポーツ選手のアンケートから露呈しているように,私には思えて仕方がない.

桑田氏はどの程度練習していたのか

PL高校の1年生のエースとして活躍を始めた時,桑田氏は監督に練習量の削減を提案した.「練習時間を3時間にしましょう」

これは素晴らしいことだ(こういうことはもっとあって欲しいので,「すごい」とは言いたくない).まず桑田少年がちゃんとした大人として,大人の監督に提案をしたことがすばらしい.「短時間で集中して練習したい.さぼりたいのではなくて,その後に,自分がやりたい練習をするというのはどうでしょう」と,きわめてまっとうな提案をしているのだ.そして監督がそれに同意した.これもすばらしい.

さらに桑田氏は,甲子園から帰ると1ヶ月はボールを握らないという方針を監督に伝えて認めさせた(プロになってからも長時間多投という練習は止めさせたという).

そして,PLは常勝チームとして黄金時代を築き,そして桑田投手はプロでも長く活躍することができた.もしも高校の時に彼が長時間の練習に明け暮れて,プロでも球数を稼ぐような練習をしていたら,選手寿命は大きく縮んだことは想像に難くない.

古風な価値観をもつ人

さて,こんなふうに(小波の私見もたっぷり入れて)見てくると,桑田真澄という人は,野球界におけるあたかも反逆的な心情さえ持つ改革派であると思えるかもしれない.しかし,桑田氏は飛田穂洲の書に対する共感も実は持っているようだ.禁欲的な自己鍛錬と礼儀正しさと精神性を重んじることを武士道と称するならば,まさに彼は武士道の人でもある.その理想は,一面で古武士のそれさえも思わせる.

もっとも,「武士道」が日本に固有の伝統なのかというと,西欧における騎士道も似たようなものだ.正直で礼儀正しく,自分を誇らないという人間像は,むしろどの時代でも,どの階層であっても,よい人間像なのだと思う.

アメリカのスポーツ界がドーピングで汚染され,大リーグ選手がバットを粗末に扱ったり,ガムを噛みながら試合に出てくるのを見るのは,私も好きではない.イチローがその中で野武士然として淡々と試合に臨む姿はとても気持ちが良いという程度には,私も武士道的な美を感じる者のひとりだ.

桑田真澄氏のもつやや古めかしい人間への美学は,その意味で多くの共感を呼ぶものだろうと思う.