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【小波の京女日記】


2012年12月31日 井上ひさし『組曲虐殺』を観た

_ 暮も押し詰まった29日の午後,天王洲アイル『銀河劇場』で井上ひさし『組曲虐殺』。

期待通り本当によかった。井上さんの芝居は脚本を読んでいても必ず想像を超える驚きがあるので,期待通りに裏切られたというべきか。

芝居の主人公が小林多喜二と聞いただけで,なんとなく敬遠したくなる人もいるかもしれないし,あるいは分かったつもりでうなづく人がいるかもしれない。しかし「組曲虐殺」はやっぱり違った。

「そうだ!」とこぶしを振るいたくなるわけでも,わっと泣かせるシーンがあるのでもなく,「ああそうだよね,そうなんだよねえ」と観ている者の胸に沁みこんでくる芝居。あっと驚く奇想天外な設定が不自然でなく,抱腹絶倒のコントがじわっと怖い。せつなくて悲しくて笑わせて暖かくて,もう本当に極上の芝居だった。娯楽として一級品でありながら,しかし多喜二のメッセージは戯作者の言葉を通して,柔らかく増幅され,現代の我々にずっしりとした思いが届けられる。多喜二を扱ってこんな芝居を作れるなんて,本当に井上ひさしは天才だった。過去形なのが残念しごくだけど。

そう,この芝居は井上ひさし77歳記念の8回シリーズを締めくくる作品で,シリーズ開始を待たずに井上さんは逝ってしまった。それが残念でならない。

音楽は小曽根真。舞台奥の2メートルほど上にしつらえたピアノの前で上手を向いたピアニストの姿が,演奏の時に微かに浮かんでそこから音が聴こえる。音楽はこのピアノと歌だけ。あるときは音が静寂を作り出し,あるときは鍵盤が劇場を圧倒することもある。この音楽の力もおどろくべきものだった。

役者の演技も作品の力によってその人の最善のものを引き出されていて,いちいち語って尽きないものがあるのだけど,これくらいで。

ともあれ,今年という年の最後にこの作品を観ることができたことは,本当によかった。そうそう,芝居を見終えた後のロビーで,若い男女が「見ようかどうしようかと思ったけど,来てよかったねえ」とうなづきあっていたのが,自分がこの芝居を観ることができたこと以上にうれしかったのだ。