«前の日記(2012年11月10日) 最新 次の日記(2012年12月12日)» 編集

【小波の京女日記】


2012年12月06日 「萌えるSE残酷物語」

_ 『なれる!SE 7:目からウロコの客先常駐術?』読了.先週末にシリーズの1巻から読み始めて,これで最新刊まで制覇(大げさ).

萌え系ライトノベル

このシリーズはおもしろい.いろいろな意味で勉強になる.シリーズ名は「萌えるSE残酷物語」.なんのスキルもない新米SEとして社員数30名のシステム会社に就職した主人公が,萌え系女子中学生にしか見えないくせにとんでもない凄腕の「上司」のオン・ザ・ジョブ・トレーニングを受けて成長していく話.

業界のブラックぶり,デスマーチ,あるいは元請けの下請けいじめと,リアルな話がてんこ盛り.それがブラックコミカルに描かれて,けっこう笑わせるのだけど,背中がうそ寒くなりもする.しかし,技術的なネタも半端でなく詰め込まれている一方で,たとえば会社移転に伴う情報システム移転のプロジェクトとか,大手へのプロジェクト提案とか,さまざまな場面があってこれはおもしろい.

気になったこと

小説で気になるのは,著者が労働者の置かれた状況や労働法制について間違っている,あるいは認識が甘いところがあることだった.

たとえば,休みの日に街で歩いていたら,たまたま会った上司の指示で仕事をせざるをえなくなったときに,休日出勤手当のことを口にした途端に,「うちは年俸制だから残業手当とかなし」と言われるシーンがある.これは誤り.この種の誤った認識が日本社会に横行していることを無批判に受け入れているとも見れる.

年俸制であろうとなかろうと,就業規則や労働基準法で決められた時間以外の労働については手当を支払わなければならない.拘束時間が設定されていない管理職などでは,残業手当がないケースもあるが,それは十分な給与が支払われていることが前提である.

他にも気になることがあり,これではデスマーチを容認することになりかねないという危惧を持たざるをえない.読み方次第では今社会問題化している労働者の権利抑圧を助長してしまう可能性があるのは,残念なところだ.

とはいえ,これはある種の皮肉やギャグとして書かれている面もあるので,その「お約束」をわきまえて読めと言われるかもしれない.それに,7巻目ではまさに作者の真意が吐露されていて,現代の企業のありようについての批判的な視点を失っているわけではないことは了解できる.

7巻目は圧巻だった

圧巻だったのは既刊で最後の7巻.国内最大手の有名コンピュータ企業(「NLB」って・・・)が受注した,これも最大手のネット販売会社(「カウルコム」って・・・)の業務システムを構築するプロジェクトが物語のステージ.要するに大会社は自分の社員はプロジェクトマネージャーしか使わず,下請けに仕事をやらせるわけだ.

無能でただただむちゃくちゃなスケジュールを強制するプロマネのもと,中小各社を寄せ集めた混成チームのプロジェクトはほとんど破綻している.マネージャーの指示はどれもでたらめ.狭く汚いオフィスでは次々と人が倒れていく.

そんななかで奮闘する主人公が見たのは,一人だけ余裕たっぷりで定時退社する謎の女性SEの姿だった.限りなくブラックな中で際立つその余裕たっぷりの派遣社員の行動はあまりにも不自然.いったいそれはどういうこと?

という流れで,結末には唸らされた.これは重い.全然コミカルでもなんでもないオチ.ニッポン資本主義の暗黒な恥部が,リアルに浮かび上がる.同じ人間でありながら暴君の下の奴隷のように人とは思えない扱いを受ける姿に,多くの読者は慄然とするだろう.まさに人間としての圧倒的な格差だ.

作者はこの巻の内容を最初から暖めていたらしいが,あまりにもブラックなので出版社に拒否されたらしい.幸いにして既刊シリーズが好調なので,作者の思いを書くことができたのだろう.社会派小説とも言える,これは読ませる本である.どれか一冊と言われたらこれをおすすめしたい.

誇り高い人々

このシリーズ,救いがあるのは,作者が高いスキルをもった誇り高いSEのスピリットに常に寄り添っていることで,主人公たちの技術的なディテールの語り口にも作者の楽しみがにじみ出る.そこのところは実にいい.一方でそのスピリットが過酷な労働を受け入れてデスマーチをもたらしてしまうことも確かなのだけど.

そう.技術者の魂には自分も心から共感する.献身的に職務を果たす姿にも頭が下がる.しかし,それをいいことに彼らに非人間的な扱いを強いるこの社会というのは何なのか?だれがこんな日本にしたのか?

この国をまともな姿に変えないといけない

現状を変えるには政治を変えるしかない.その最も大きなチャンスはもちろん国政選挙だぞ.労働者派遣法を骨抜きにしたやつらは誰なのか,格差の拡大で儲けるやつ,基本的人権,言論の自由をしばろうとしているやつは誰なのか?明治時代の日本に戻そうという奴らもいる.よくよく見ておこう.若い諸君,くれぐれも間違った選択をしないでほしいでほしい.