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【小波の京女日記】


2012年11月04日 「食品の放射能汚染 完全対策マニュアル2」の記述から

_ 米糠のセシウムの大半が漬物に移った?

食品の放射能汚染 完全対策マニュアル2 (別冊宝島1883 スタディー)』という本にこんなことが書かれているらしい。WEB本の雑誌から引用する。

日本人の主食である米に関しては「精米すれば大丈夫」とも言われていま
すが、精米後に残る「糠(ぬか)」に関してはどうでしょうか。
精米前の玄米に含まれたセシウムのうち、半分以上は糠(ぬか)に残留す
るといいます。
同書では、セシウム汚染された福島産の米糠で「糠床」をつくり、野菜を
漬ける実験をしたところ、なんと米糠にあったセシウムの9割以上が野菜
に移行(1キログラム当たり27.6ベクレルの糠床を使ったところ、野菜の
糠漬けに同25・8ベクレルが移行)することを突き止めました。

つまり,米糠中の放射性セシウムが 27.6 Bq/kg だったのが,野菜を漬けた後で測定してみたら,できた糠漬け中のセシウムが 25.8 Bq/kg 検出された。つまり,約93%が移行したという主張になっている。これは正しいのだろうか?

_ 概算してみると何を間違えたか分かる

計算を簡単にするために,最初 900 g の糠床があり,それを測ってみたら 30 Bq/kg だったとしよう。そこに 100 g の野菜を入れて十分に長い時間放置したとする。その結果はどうなるだろうか?野菜の体積は変わらないといちおう仮定しておく。また漬ける前の野菜中の放射性セシウムはなかったとする。

セシウムイオンはカリウムやナトリウムなど他のアルカリ金属のイオンと同じく,きわめて水に溶けやすい(粘土鉱物には強く結合するという特異な性質があるが,ここでは関係しない)。そのため,この状況では全体にほぼ均一な濃度で行き渡ることになる。糠床に加えた食塩が漬物に浸透して塩辛くなることを考えれば,古漬けでは完全にそうなるだろう。多くの漬物では,植物の細胞が壊れることで味がしみとおるわけだ。

一方,量的に考えると,糠床に野菜を加えて漬物にするプロセスで,セシウムを含む全体の量は,900 g から 1000 g に増加したわけだ。つまりセシウムイオンの濃度は 900 / 1000 倍に少しだけ薄まることになる。計算すれば $30 \times 9/10 = 27$ となり,糠床も糠漬けも同じく 27 Bq/kg という値を示すことになる。上の記事の数値と比べてほしい。ほぼ同じような数字になっている。

つまり,このことは,米糠中のセシウムの大半が野菜に移行したということになるだろうか?もちろんそうではない。むしろ話は逆で,野菜に移行したのはごく一部であり,9割が米糠中に残っているのである。

上の本の筆者の考えに従えば,このとき糠床の方の放射性セシウムは 3 Bq/kg に低下したのだということになるのだろうが,それはまったくの勘違いである。糠床の方を事後に測定しなかったのは,測定者の大きな手落ちなのだけど,それをやれば事態ははっきりしたはずだ。そっちの値はほんの少し下がっただけになっただろう。

この本の筆者は,物質の量と濃度に関する理解が決定的にできていないようだ。Bq/kg というのは,単位質量あたりの量,つまり濃度の単位の一種であり,放射性物質の量の方は Bq で表される(どういう同位体なのかで実際の原子の「数」に固有の係数が掛かるのだが)のだ。この人がやってしまっているのは,例えば 5% の砂糖水と 10% の砂糖水を合わせれば 15% になるというのと同じ初歩的な間違いである。

そういう誤りを犯す人が放射能の測定結果についてあれこれと解釈して,あろうことか本にまですることはまったく間違っていると思う。今はまず謙虚に学び,「分かっている人たち」と議論して成長してもらうべきだ。そうすれば人を放射線の害から守りたいという善意が,意味のあるものになるだろう。だがこのような誤った解釈をしているようでは,危機を煽るだけの人としての困った影響しか及ぼせない,

_ 本当だったらすごくよい話なのだけど

もしも,ある種の植物体が(死んで糠漬けになってさえも)セシウムイオンを効率よく集めることができるとしたら,それはある意味朗報だ。そのことを利用すれば植物による放射性セシウムの除染に使える可能性がある。漬物のほうは諦めてでも,見返りは十分にある。残念ながらそういううまい話はない。