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【小波の京女日記】


2012年07月24日 目にしみないクエン酸リンスの作り方 [長年日記]

_ クエン酸リンスの作り方

髪を洗うのに浴用石けんを使う習慣なので,リンスとして弱酸性のクエン酸を使っていた。しかし,ちょっと不都合を感じたこともあって,もっと安定した効き目があって,しかも目にしみないクエン酸リンスを考案して使っている。

なにせ,夏になると水でシャワーを浴びて石けんで髪を洗うと,水ですすいでも石けん分が残る感じがあって,髪もパサパサになってしまう。もう少なくなってきたオヤジの髪の毛でも,リンスはそれなりに必要だ。

そんな必要性もあり,せっかくの化学の知識も活用して工夫したのが,この緩衝溶液タイプのクエン酸リンスである。 昨年そのレシピをツイッターで流したところ,今でも愛用している方が少なくともお一人おられたので,少々感激。そこで簡単な理屈などもおぎなって公開することにします。たのしい夏休みの化学あそびとしてもどうぞ。

元来のリンスの役割

現在のように中性や弱酸性のシャンプーが出まわる前,多くの人が髪を洗うために石けんを使っていた。しかし,石けんはアルカリ性なので髪を痛める傾向がある。そこでそのアルカリを弱い酸で中和してしまうために柑橘類の汁や酢を使った。これが元々のリンスの意味だった。

それが今のようなシャンプーの登場でもともとの意味を失って,リンスする意味も変わったようだ。実は美容関係のネタはさっぱり知らないので,今のシャンプーに関する蘊蓄は語れない。そのへんはご容赦ください。

ともあれ,柑橘類の酸といえば何といってもクエン酸だ。英語では citric acid つまり,レモンの仲間のシトロンの酸という意味である。これは大量に作られていて手軽に利用できるので,リンスに使うには具合がいい。

クエン酸リンスの泣きどころ

ところが,クエン酸をリンスに使ってみると,ちょっと困ったことがおきる。目にしみるのだ。唇についたのを舐めると酸味もある。あまりうれしくないのである。

クエン酸の酸味はもともとレモン系のものだから,かなりきつい。1リットルに小さじ一杯を溶かしたぐらいでも,しみたり酸っぱさを感じたりするのだ。

かといって,あまりに薄めてしまうと,リンスとしての効き目に疑問が出てくる。髪に残っているアルカリよりもずっと多い酸で中和した後,水ですすぐというのがリンスのやり方である。

そんなわけで,クエン酸を使ったリンスでも,もう少し使いやすいものをほしい。

  • しみない。酸っぱくない。
  • いい加減な量で使っても効果がある。
  • 濃いのを作り置いて,少しずつ薄めて使える。
  • 作るのが簡単。

こんな感じのリンスだったらよさそうだ。そこで考えたのが,バッファタイプのクエン酸リンスである。

_ レシピ

作り方のレシピは2通りある。グラム単位で量れる秤を持っている人はレシピ1を,量る道具はないけど作りたい人はレシピ2をどうぞ。

レシピ1:重さをきちんとはかってつくる

  1. 500 mL 程度の容器に水を6分目ぐらいまで入れておく。
  2. クエン酸 100 g, 重曹 60 g を別々に量り取る。
  3. 量った重曹を容器の水にすべて入れて軽くかき混ぜる。溶け残りがあってもかまわない。
  4. クエン酸を小さじで少しずつ加えていく。二酸化炭素の泡がかなり激しく出るのでゆっくり作業するのがよい。
  5. あるところで泡が出なくなったら,あとは一度にクエン酸を加えてよい。
  6. リンス用の容器に移す。

レシピ2:目分量でつくる

  1. 500 mL 程度の容器に6分目まで水を入れる。
  2. クエン酸 100 g 程度を入れる。この量はかなりいい加減でよい。
  3. 上のクエン酸溶液をちょうど半分に分けて,別々の容器に入れておく。片方の容器は大きめのものを使う(次の操作のため)。
  4. 分けた半分のクエン酸に重曹を少しずつ加えていく。最初は泡が激しく出るので,こぼさないように注意。
  5. 徐々に泡の出る量が少なくなるので,よくかき混ぜながら注意して重曹を加える。泡の発生がなくなったら加えるのをやめる。
  6. 重曹を加えた溶液と,もうひとつの容器のクエン酸溶液とを合わせてかき混ぜる。
  7. リンス用の容器に移す。

使い方

上記の溶液を1回に 10 mL 程度とって10倍ほどに薄めたものを洗髪後の髪にふりかけて全体によく行き渡らせてから,お湯か水ですすぐ。

なお,このリンスは腐ったり変質することはまずないので,数カ月程度の作りおきは問題ない。

_ 簡単な理屈

クエン酸は3価の酸

クエン酸は3価の酸で,右のような構造をしている。見ると,-COOH というおなじみのカルボン酸の部分が3つもあることがわかる。3価の酸というのは,このように水素を離すことのできる部分が3つもあるということだ。ただし,市販のクエン酸は1分子あたり水を1分子抱え込んで1水和物の結晶になっている。

クエン酸の構造

クエン酸分子1個は,したがって3分子の重曹によって中和されることになる。 なお,ここで重曹は分子性物質ではないので,厳密にはこう書くのは間違いなのだが,それほど有害な間違いではないのでわかりやすくこう書いておく。

が,ここで中和につかう重曹を,全部を中和させる量の半分しか使わないで,不完全な中和で止めておいたのが,ここで作ったクエン酸リンスである。

中途半端に中和した酸は酸性の緩衝溶液になる

1個のクエン酸の中和に要する重曹の量を半分にしたとすると,クエン酸の中和は中途半端のところでとまってしまう。簡単にそのことを説明しよう。

クエン酸の3段階の中和は,それぞれ次のように表される。ここで $\rm H_3A$は3価の酸を示す化学式で,他はそれが電離したものである。

\[ \rm H_3A \rightarrow H^+ + H_2A^- \]

\[ \rm H_2A^- \rightarrow H^+ + HA^{2-} \]

\[ \rm HA^{2-} \rightarrow H^+ + A^{3-} \]

クエン酸の3倍の物質量(モル数)の重曹で中和させると,3番目の反応まで全部進むことになる。しかし,それを半分で止めると,2番めの反応がちょうど半分だけ進んだところで止まる。

このとき,クエン酸由来のふたつのイオン $\rm H_2A^-$ と $\rm HA^{2-}$ は等しい数だけ,あるいは等しいモル濃度で液中に残ることになる。

一方,2番めの解離の平衡定数$Ka_2$ は $10^{-4.35}$ mol/L であることがデータブックでわかる。この定数の意味は下に挙げた式で表現される。

\[ Ka_2 = \frac{[\rm H^+][HA^{2-}]}{[\rm H_2A^-]} \]

ここで,2段目の中和反応がちょうど真ん中で終わっていた場合, $\rm H_2A^{-}$ と $\rm HA^{2-}$の2つのイオンの濃度は等しくなるので,上記の平衡定数 $Ka_2$ の定義式は約分されてしまって, \[ Ka_2 = [\rm H^+] \] と,あっさりきれいになる。この式が意味するのは,この条件では水素イオン濃度 $[\rm H]$は $Ka_2$ つまり $10^{-4.35}$ mol/Lとなる。これは pH でいうと 4.35 という弱酸性に相当する。

このような溶液は緩衝溶液あるいはバッファと呼ばれ,薄めても pH はほとんど変化しない。つまり,$\rm H_2A^{-}$ と $\rm HA^{2-}$の2つのイオンの濃度が等しいという条件は,薄めても変わらないから,そういう不思議なことになるのである。だから,リンスとして使うときにも安定した pH で働くわけだ。

なお,ちなみにクエン酸 20 g を水100g に溶かした溶液の pH を計算してみると,約 2 になる。これはけっこう強い酸性で,100倍に薄めても 3 程度なので,酸っぱいし目にもしみるはずだ。

つまり,ここで紹介した緩衝溶液タイプのクエン酸リンスだと,薄まっても安定した弱い酸性を保つので,クエン酸のみの溶液のリンスよりもずっと使いやすいということなのだ。