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【小波の京女日記】


2012年06月15日 光合成細菌は2000度でも死なない!?―EM をめぐる非科学的な動き [長年日記]

_ 環境教育に持ち込まれるEMの嘘

6月13日の大阪日日新聞の「大阪ヒト元気録 」というシリーズに 「河川浄化 主婦の目線で」という見出しの記事 が掲載されている。

有用微生物を活用して環境教育にも一役をということで,「EMボカシネットワーク大阪」の代表をしておられる岸隆美さんという主婦の方の談話で構成された記事である。これは河川水などの水質浄化に「EM菌」が有効であるというものである。

その主張自体がまったく非科学的であり,EMの投入がこれまでに客観的な検証を得ずに行われて,ただ「役立つ,有効だ!」とだけ喧伝しながら進められているのだが,それにはここでは触れない。中でとんでもないデタラメをこの人が振りまいているのだ。あまりにもひどいので,科学者として指摘せざるをえない。

'「地球上で最初に生まれた生物が光合成細菌。2000度でも死にません」。'図解に子どもたちが真剣なまなざしを向ける。子どもたちが授業でこしらえた元気玉を学校周辺に投入し、その下流の水質が改善されたというデータが胸を躍らせる。東大阪では、10年来の環境教育が好評で「子どもたちが遊べる川に」という地域の願いに後押しされ「次から次へといい人にめぐり合えた。運がいい」と笑顔を見せる。

2000℃で死なない生物は地球上に存在しない。理由は簡単だ。生物を作っている物質は有機化合物だ。実は「有機化合物」という言葉自体が「生物のオルガニックな(精妙で人工的に真似できない)機能によって作られた」という意味で,その昔に付けられたのである。その有機化合物はそんな高温ではすべて分解してしまうからだ。鉄でさえ,1538℃で融けて液体になるのだ。

さらにいうと,生物を作っているタンパク質分子の機能は,たいてい50℃から60℃程度で働きを失う。それを超えて活動できる微生物は好熱菌と呼ばれているが,それでも2008年現在で知られているチャンピオンは,耐熱温度が122℃ということである(参考記事)。なお,胞子になったり乾燥した仮死状態になって,もっと高温を耐えて生き返る生物は他にもいる。

高温を好むこれらの微生物は,普通の温度では他の微生物に押されて活動できないが,熱水が噴き出る海底のような特殊な環境で生きている。生命が始まったころの地球は今よりも温度が高かったので,この種の細菌や古細菌があらゆるところに見られたと思われている。中には光合成能力を獲得したものがあり,実は私も,その一種について光合成の仕組みを,クロロフィル(葉緑体の色素)の構造から研究したことがある。

そんなわけで,そこらにいる微生物も,もっと大きな生き物も,2000℃はおろか100℃の環境に置かれたらたいていは死滅する(サウナで100℃というのは,どんどん汗が気化していくので耐えられるわけで,長時間いたら生存は確実に不可能だ)。牛乳の低温殺菌が63℃で行われていることを考えたら,だれでも常識的に分かるだろう。

_ 専門的なことはさておいて常識でわかること

一般の主婦の方に研究者のような知識を求めることは酷かもしれない。しかし,次代を担う子どもたちを相手に学校で話をするというのであれば,知りませんでしたでは済まない。合理的で科学的なものの考え方をできない人が学校で教えるべきではない。

とはいえ,それはむつかしいことを注文しているわけではない。話を針小棒大に膨らませて人の気をひこうなどということをしなければよい。嘘をついて話を面白くしてはいけないのだ。

そして,自分が言っていることのつじつまをちゃんと考えてほしい。牛乳の低温殺菌とか熱湯消毒とか,家庭の主婦ならだれでも知っていることではないか。 缶詰がどうして腐らないかということを知らないとしてら,開けた缶詰を放置して食中毒を引き起こすかもしれない。

そんな常識を働かせてみれば,2000度で生きている生き物があるなどと口にできるはずもない。だがおそらくこの人は,「2000度!」と言った瞬間に相手が「ほー,それはすごい!」という反応を見せるのを楽しんでいるのだろう。だが,それで効能の怪しいものを人に勧めるなどというのは,道義的にも許されることではない。

常識のレベルでいいから言葉のつじつまを合わせること,不確かなことは口にしないこと,この2つを意識して行動すればそうそうデタラメなことにはならない。

_ 環境教育に非科学的な嘘を持ち込むべきではない

こうやってみると,この記事で紹介されている「環境教育」はまったくおぞましい話しである。初等中等教育というのはきちんと定まった定説をベースとして,次の世代に知識と人間的な能力を伝えていくことが使命である。そんなところでまったくデタラメなホラをうそぶくようなことは許されることではない。

人間が将来も住み続けられるように環境を守っていくことは,もちろん大切だ。環境教育はとても大切だ。ところが今,EMをはじめとして「環境」を口にする怪しげな言説がいかに多いことか。それらから学校を守ることは,良識のある人々が心しておくべきことだと思う。