«前の日記(2012年05月19日) 最新 次の日記(2012年06月03日)» 編集

【小波の京女日記】


2012年05月20日 EMによる放射線対策のまやかし [長年日記]

_ 福島県農水部からのレポート公表

「農用地等における「民間等提案型放射性物質除去・低減技術実証試験事業」 試験結果について(第2報)」という長い題名のついた報告が,福島県農林水産部から5月17日付で公表された。結果の文書 詳細版

この報告は,放射性物質の影響を低減するための技術を民間から募って,その効果を実際に検証した,その結果を記したものだ。 具体的には,提案されたいろいろな資材を放射性セシウムで汚染された土に添加した上でコマツナを育ててみて,その効果を見ようというものである。

福島の農業復興のあしかせになっているのは,いうまでもなく放射性セシウム137 による広範囲の農用地汚染である。人が住める程度の放射線量の場所であっても,その農地でとれた作物にセシウム137が移行すると,基準を超えるレベルの線量が現れてしまうような現状の中で,なんとかしてより安全な作物を育てられないかという試みが必要なことはいうまでもない。これは現地の人にとって切実で緊急性の高い課題であって,とにかく効果があるかもしれない色々なアイディアを検証していこうということだ。

レポートの概要

行われた試験では,つぎの3種類の資材が試されている。ここに示した表にある 「EMオーガアグリシステム標準堆肥」,「微粉ハイポネックス」,「囲炉裏(いろり)灰」の3つだ。残りのうち「対照 塩化カリウム」は,セシウムの吸収を抑制することが分かっている単純なカリウム化合物を対照(コントロールともいう)としたもの,「無処理」はその土のみで栽培することで,効果のあるなしの判定のための基準としたものである。

なお,セシウムはカリウムとよく似た化学的な性質を持つために,土にカリウム化合物を加えておくことで放射性セシウムの吸収が妨げられることは,よく知られている。

画像の説明

ここで表に赤線を施したのは「EMオーガアグリシステム標準たい肥」(以後「EMたい肥」と略記する)というたい肥だ。 もうひとつ心に留めておきたいのは右端の青で囲ったところで, カリウム成分としてどの程度の量を施したのかが酸化カリウムの質量に換算して,示されている。10a = 1000平米なので,数字は1平米あたり何キログラムを放り込んでいるかと考えてもらうと実感がわくだろう。

この表では,EMたい肥は他の2つと比べて莫大な量を畑に放り込んでいることに注目しておこう。


結果を見る

試験の結果を見てみよう。細かいデータの吟味は報告を読んでいただくこととして,得られた資材ごとの移行係数をグラフにしたものを見ると,下図のようになっている。

この表に移行係数とあるのは,次のようにして求められた値である。

\[ 移行係数 = \frac{植物体(可食部)の放射性セシウム濃度}{土壌中の放射性セシウム濃度} \]

つまり移行係数が小さいほど作物にセシウムが移りにくいことを示していて,農作物については望ましいということになる。

画像の説明

比較すべきは,3つの資材,および対照として使った純粋の塩化カリウムによって,無処理のときに作物に吸収された放射性セシウムの移行係数が どの程度減ったかということである。たとえば,対照の場合には無処理よりも 移行係数が$0.0060 - 0.0023 = 0.0037$ だけ減少している。

これらを表にして,さらに上の表からとったカリウムの施肥量も加えて結果を比較しやすくしてみると,次のようになる。

資材 移行係数の減少 カリウム施肥量(g/m$^2$)
EMたい肥 0.0053 194.5
微粉ハイポネックス 0.0046 43.5
囲炉裏(いろり)灰0.0055 81.0
対照0.0037 43.8

結果はつぎのように読める。

  • 移行係数の減少は,カリウムの施肥量が多いほど顕著である。
  • EMたい肥による移行係数の減少は対照と比較してかなり大きいが,施肥量が4.4倍もあるので,より効果が高いとは言い難い。むしろ低いかもしれないという程度である。
  • 微粉ハイポネックスは対照と比較して施肥量が同程度であるが,移行係数には若干の改善がみられる
  • EMたい肥による移行係数の減少は囲炉裏灰とほぼ同等であるが,そのためのカリウムの施肥量は囲炉裏灰の 2.4倍を要する。

なお,効果の評価を細かく解釈することは難しい。植物によるカリウム取り込みの「ついでに」セシウムが取り込まれる様子については,沢山の研究がなされているが,それについて言及することは,ここでの議論に必要ではない。

この報告については端的に言って,カリウムを肥料として多く施すほどセシウムの取り込みは抑制されるという定性的な結論が得られた,という程度に読むのが適切だとおもわれる。EMたい肥についてはむしろ効率は悪いとも言えるだろう。

_ 「EM情報室」は何を書いているか

翌日に宣伝ページが現れた

この「EMオーガアグリシステム標準たい肥」を検査に提供したEM情報室は,県の報告が公表された翌日にさっそく次のようなページを開いた。

http://www.ecopure.info/topics/topics_082.html

タイトルには堂々と,「EM情報室 WEBエコ・ピュア トピックス 速報 EMオーガアグリシステムによる農産物への放射性セシウムの移行抑制効果を実証 福島県農林水産部が成果を発表」とうたっている。

都合の悪いデータは載せていない

そのページを見ると,福島県農水部が公表したグラフと似たものが掲載されている。よその画像をそのまま載せるのは著作権の問題もあるので,そっくりのものを県のデータを加工して作ったのが下の図である。

画像の説明

これを見ると,大事なことが欠けている。つまり,前日に県が発表したグラフのうち,自分のところのEMたい肥と対照の塩化カリウムのデータだけを表示し,若干とはいえ自分のところよりも成績が良かった囲炉裏灰のデータはない。また対照よりも若干成績がよかった微粉ハイポネックスのデータも見当たらない。

これについては,この記事を書いてから人に指摘をいただいて,県が個別の事例についてまとめた文書も公開しているという事実が分かった。民間等提案型放射性物質除去・低減技術実証試験事業成績書(EMオーガアグリシステム標準たい肥) である。その資料には,微粉ハイポネックスと囲炉裏灰のデータはない。その事情が分かったので,以下の文章には当初の記事から若干の訂正を加えてある。ご了解いただきたい。ただし,全体の文脈と結論は変わらない。

彼らにしてみれば,自分たちの資材の優秀性をアピールするには他の事例と比較する必要はないということかもしれない。しかし県が他の資材についても試験を行った結果も見ないで結論を出すことは,公的な機関による試験の公開の仕方としては失格である。ましてや自分たちよりもすぐれた結果を出しているケースがあるのだ。

条件の違いを無視した結論

さらに彼らの記述を見ると,重大なごまかしともいえる部分がある。 件のEM情報室のサイトには,次のような記述がある。

コマツナ収穫後の土壌中の交換性カリウム含量は、EM区、塩化カリ区、無処理区の順で多く、コマツナの放射性セシウム濃度の減少と同様の傾向が見られた。

県農水部の発表をちゃんと見た人なら,この言い分がまったくおかしいことはすぐに分かるだろう。つまり,EMたい肥は確かに対照の塩化カリウムよりも低い移行係数を示していて,その限りでは上記の内容が正しいことになる。ところがすでに指摘したように,EMたい肥は塩化カリウムの4倍以上も施しているのである。仮に同程度の効力を両者が持っていたとしても,より有効に見える結果が得られて当然なのであって,これではまったく意味のない結論なのだ。

アンフェアな比較をするべきではない

EMたい肥を作物へのセシウム吸収に使うことは,他の肥料のカリウムによる効果以上のものはないことが,福島県農水部の報告から読み取れるにもかかわらす,EM情報室はそこから重要な事実を引用せずに自分たちに都合のよい宣伝をしていることになる。

  • 他の2つの資材についての結果を載せていない
  • 実験条件でもっとも重要な施肥量についてまったく触れていない

これはあきらかにアンフェアな宣伝の仕方である。学術論文や技術報告であれば,自分たちの試料によるデータ以外に,先行する研究の結果や比較のための他のデータをなるべく多く参照して,公正な議論を行うものだが,それをやらずに,むしろ当然比較すべきものを欠落させている。

さらに実験条件という,研究の核心に関わる部分についてデータを欠落させて,あたかも塩化カリウムよりも自分たちのEMたい肥の方が優秀であるかのように書いているのである。

上記のふたつは,もしも学術論文であれば審査でリジェクトされるだけの欠陥であり,万一故意に都合の悪いデータを載せていないと言うことになれば学術的にはスキャンダルになる可能性すらある。それだけの重大な欠落を生じさせておいて,EMたい肥の「優秀性」を宣伝するのは,社会的信用を落とすものとしか考えられない。

放射能の除染や汚染対策のためのEMたい肥の効果には疑問がある

EMたい肥というのは,ある種の「有用な」微生物群をたい肥の発酵に使ったもので,有機農法などでは人気があるようだ。もちろんそれが悪いというつもりはない。ただし効果に疑問を呈する研究と見解が日本土壌学会から出されていることも事実であり,データの検証の仕方も甘いという指摘もされている。ともあれ,その論争は学問と実践の上できちんとやっていくべきものである。

しかし,昨年来の放射性セシウムの除染や汚染対策について EMたい肥がなんらかの効果を持つと考えるのは無理がある。 植物によるセシウムイオンの吸収の抑制は,よく似たアルカリ金属であるカリウムのイオンを植物が肥料の必須成分として取り込むことに由来するものだ。 そのときよく似たセシウムイオンも「間違って」取り込まれる。

だから,カリウムイオンの濃度を上げておけば,セシウムはその分取り込まれにくくなる。 簡単にいえばそういうメカニズムによってセシウムの取り込みは押さえ込まれる。そのメカニズムに対してEMの特別な効果があることを,EM情報室は主張したいのであろうが,それは自明な話ではなくデータできちんと検証しなければならないことである。

その検証は,しかしながら上に書いたようにずさんなものである。実際に県のデータを見る限り,それよりも優れた効果を示す資材もあるのだ。とはいえ,それらは五十歩百歩であって,「なかなかうまい話はないなあ」というのが,ため息混じりで思うことであるのだが,いずれにせよEMの優位性はまったく県の結果からは示されていない。データを都合よく取捨選択しておいて,「うちのはセシウムの吸収を抑制する効果が他より強い」などと主張するのはおかしいのだ。

肥料なら肥料の効果で勝負すべき

肥料の効果というのは,本来作物を強健に収量多くかつ食味よく育てることにあるのであって,EMがその点で優秀だという主張をしたいのであれば,農学や農作関係者の間でやればいいことである。セシウム対策などというものが肥料の有効性の項目になること自体,かなり変な話なのだ。

一方,農地の放射能対策ということでは,多くの試みがなされているものの,残念ながら切り札は今のところ見つかっていないようだ。その中で,データを隠してまでして自分の製品の優位性を主張することはよくない。今はダメなものには早めに見切りをつけて,別の可能性を探り続けなければならない緊急な時期なのだ。それが農業者を支援する上で大切なことは明らかではないか。

最後に,EM情報室の記事を読んで,遺憾の思いを免れないことがある。それは福島大学の副学長が共同研究者として写真入りで登場していること,また山形大学との共同研究に言及があることだ。そうであるならば,彼ら大学の研究者たちは学問の王道にのっとって,データの厳しい吟味を行ない,誤った結論を引き出すようなことを拒否すべきではないか。